「アジアの中の日本」 を考える




 「アジアの中の日本」 というとき、 「アジアとの共生」 という議論がある。 これが、周辺諸国と必要な協力をしていくという程度のことなら、誰も否定しないであろう。 しかし、 「アジアとの共生」 を説く人の多くは、 「日本は戦争犯罪と植民地支配について、真の謝罪と償いをせねばならない」 と説く。 少なくない日本人がこれに同調し、中国、韓国、北朝鮮に謝罪と償いをするべきだと考えている。

 こうした 「謝罪と償い」 論については承服できない。 もちろん、かつての日本軍がいかなる戦争犯罪も行っていないなどとは考えていない。 しかし、日本軍が行った戦争犯罪が、米国や英国、ソ連の行った戦争犯罪と比べて特に酷いとは思えない。 原爆投下や東京大空襲、満州から帰還しようとしていた日本人の虐殺、シベリア抑留など、連合国による戦争犯罪は数限りない。

 中国共産党や中国国民党も、相当な戦争犯罪を行っている。 西尾幹二氏が主張するように、人類全体が戦争に明け暮れた二十世紀において日本は、 「戦争犯罪をおこなうこともある普通の国家」 だった。 弱肉強食が当然のルールであった二十世紀の国際社会の厳しい現実を、我々はともすれば忘れがちであるが、明治の頃、我々の祖父、曽祖父の世代はそうした現実に直面していたのである( 岡崎久彦 「戦略的思考とは何か」 中公新書 )。

 我々の曽祖父の世代が直面していた厳しい国際社会の現実を考えないで、今日の我々の価値観、今日の国際法に基づいた価値観から過去を裁くことは適切だろうか


 また、中国や北朝鮮の主張するような規模での戦争犯罪をかつての日本軍が行ったとは考えられない。

 勿論、日本軍が実施した全ての作戦、軍事行動が合理的なものだったとは言えない。 山本七平氏の体験に基づく著作からも明らかなように、日本軍の指導層には 「兵站の確保」 という発想が弱く、そのために第一線の兵士が相当数餓死した( 山本七平 「一下級将校の見た帝国陸軍」  文春文庫刊 )。 戦争遂行という目的から見て、日本軍の作戦がどのような弱点を持っていたかということは、日本人としてあらゆる角度から検討するべき課題である( 歴史探検隊 「50年目の 『日本陸軍』 入門」 文春文庫、鳥巣建之助 「日本海軍 失敗の研究」 文春文庫 )。

 朝鮮半島の植民地期の評価、満州国の評価については、歴史学者により実証的な研究が積み重ねられている。 満州国については、 「侵略と開発」 、朝鮮半島については 「植民地期の朝鮮半島は大局的な経済発展の過程にあった。 土地調査事業は近代的な土地所有権の確立に寄与した」 という見解がある。 「土地調査事業により植民地支配者が農民の土地を取り上げた」 という見解があるが、それは筆数で朝鮮全体の約3%であった。 土地調査事業は比較的短期間に行われたが、これは既に朝鮮で、土地所有に対する農民の権利が成熟しており、所有権をめぐる争いが比較的少なかったからだ( 堀和生 「朝鮮・台湾の工業化 経済の高度化と国民経済―」  東アジア地域研究会編 「東アジア経済の軌跡」  青木書店刊 第六章 )。 鉄道と港湾の建設により、物資の流通が容易になり、港湾の町では都市化が急速に進んだ。

 経済成長により都市が形成されると、農村から人々が都市に流入していくことは自然なことである。 日本の高度成長期にも同様の人の流れがあった( 吉川洋 「高度成長」 読売新聞社刊 )。 在日韓国・朝鮮人一世の人々の多くは、相対的に豊かだった日本に夢を求めて渡ってきた人々だった。 徴用で日本に来た人々の多くは、戦後すぐに朝鮮半島に帰国している。

「従軍慰安婦」 と 「からゆきさん」 、昭和恐慌、満州国
 いわゆる 「従軍慰安婦」 問題について言えば、以前 「従軍慰安婦は日本軍により強制連行された人達だ。 自分は強制連行をやった」 というある日本人による 「証言」 があったが、その後の調査、研究によりこれはデマであることが明らかになった( 西岡力 「闇に挑む!」 徳間文庫 第十一章 )。 日本政府による 「従軍慰安婦」 の 「強制連行」 指令を示す文献は未だに発見されていない。 「強制連行」 でないなら、 「従軍慰安婦」 はほぼ同時期の 「からゆきさん」 と同様に把握するべきである。

 「からゆきさん」 とは、明治、大正、昭和の初めごろまで、九州の西部、北部で使われていた 「から( 唐 )」 に出稼ぎに行く人々を指す言葉である。 やがて海外の娼楼に奉公に出る女性を指すようになった( 森崎和江 「からゆきさん」 朝日新聞社刊、山崎朋子 「サンダカン八番娼館 底辺女性史序章」 文春文庫より )。 朝鮮人 「従軍慰安婦」 の背景には、当時の朝鮮半島の圧倒的な貧しさがあったのだ。 「サンダカン八番娼館」 で述べられているような、当時の天草、島原の貧しさを忘れてはならない。 昭和恐慌の頃の日本については、内橋克人 「ドキュメント昭和恐慌」 ( 現代教養文庫 社会思想社刊 )がわかりやすい。 この本によれば、当時の状況は悲惨極まりない。 吉原にはおよそ3500人の抱え娼婦がいた。 私娼窟が東北の山村から、娘を仕入れてくる時代だったのだ。 身代金は若い娘で300円から7000円まであった。 その借金を返すため、女性たちは身を売っていた。 その頃の多くのサラリーマンの夢は、満鉄の社員になることだった。

 「アジアとの共生」 から 「謝罪と償い」 を説く人々は日本がナチス・ドイツのような犯罪国家だったという発想を持っているようだが、ナチス・ドイツが犯した蛮行のうち、最も強く批判されているのはユダヤ人虐殺である。 ユダヤ人虐殺は、戦争遂行とは全く関係ない、特異な人種思想に基づく犯罪行為だった。 日本や米国、英国が行った戦争犯罪と、戦争とは全く関係ない蛮行を同列に論じるのは全くおかしなものである。 20世紀において、戦争犯罪を行っていない国は殆ど存在しないが、ユダヤ人虐殺のような規模と性質をもつ蛮行を行ったのは、旧ソ連、中国、あるいは北朝鮮である。 これらの国は、平時に、特異な 「思想」 と「理論」に基づいて自国民を大虐殺している( 西尾幹二 「異なる悲劇 日本とドイツ」  文春文庫刊 )。 日本とドイツ、イタリアが同盟国だったから、同様の蛮行を行った国家だったということにはならない。 当時の朝鮮民族がユダヤ人のような位置にあったという人がいるが、朝鮮民族は日本国民として徴用されたのであり、計画的な虐殺の対象になどなっていない。

 このように考えていくと、 「アジアとの共生」 を説く人々は、極端な 「謝罪史観」 により、日本の真の姿、そしてアジアの人々の、真の姿が見えなくなっている。 「謝罪史観」 に影響されると、日本人はただ謝っているだけとなり、アジア諸国の歴史と実状について分析、探求しなくても良いという発想になりがちだ。 第二次大戦期の日本から現在の日本の全てが語れることなどありえないように、当時の朝鮮半島や中国の現状のみから現在の朝鮮半島や中国の現状を断定することなどできない。

 「アジアとの共生」 のためには、二次大戦期のアジアだけでなく、その後のアジアを知らねばならない。 特に、中国と朝鮮半島の現状について理解するためには、中国共産党と朝鮮労働党による蛮行の歴史を知らねばならない。 こういう話をするとすぐに 「日本は戦争犯罪について謝罪と償いをせねばならない」 と述べる人がいる。 繰り返すが、日本の戦争犯罪についての評価と、中国共産党や朝鮮労働党による蛮行の歴史の評価は全く別の問題である。 二次大戦期の中国や植民地期の朝鮮半島の歴史評価がどのようなものであれ、我々は 「アジアとの共生」 のためには現在のアジア、そのうち日本にとって重大な影響を及ぼす中国共産党と朝鮮労働党の実態を理解せねばならないはずだ。 「アジア」 という場合、南アジア、東南アジアも重要であるが、今回は中国と北朝鮮の歴史と現状について、様々な文献を紹介しながら考えてみたい。

Ⅰ・中国共産党による 「解放」 の実態と現代中国

 中国共産党は中国を「解放」したことになっている。 しかし、この 「解放」 について、今日では多くの中国研究者が疑問を持っている。 二十世紀中国について、専門書であるが、わかりやすいものとしては上原一慶 「現代中国の変革」 ( 世界思想社 )がある。 この本の第四章で、上原氏は 「社会主義建設は、“民衆の解放”をもたらさなかっただけでなく、“解放”を求める民衆の運動を抑圧することによって、むしろ民衆の国家への従属を強化した」 と主張している。

 中国の 「解放」 後の歴史について、専門書ではないがわかりやすいものとして、山崎豊子の 「大地の子」 ( 全四巻 文春文庫刊 )、ユン・チアンの 「ワイルド・スワン」 ( 上中下 講談社がある。 「大地の子」 は、残留孤児の悲劇を徹底的な取材により、陸一心( 松本勝男 )という架空の主人公を通して描いた小説であるが、相当数の残留孤児の実体験が基礎になっているので、中国の現代史を知るためにも貴重な文献である。

 「ワイルド・スワン」 は、自分と中国共産党の幹部だった母親、軍閥の将軍の妾だった祖母の生涯を中心に、一族の歴史、激動の現代中国史を描いている。 中国共産党のいう 「解放」 とは何だったのか、真剣に考えさせる作品だ。

 中国に派遣された日本共産党元幹部、川口孝夫氏の手記 「流されて蜀の国へ」 ( アテネ出版刊。 自費出版 )は、1956年から73年までの激動の中国の体験記であり、貴重な資料である。 川口氏は反右派闘争、大躍進、文化大革命を実際に体験して記している。 中国の歴史と現状について、羅列的であるが、簡単に説明しよう。

( 1 ) 「解放」 「社会主義を守る」 と侵略戦争、核開発
 中国は 「解放」 後、直ちに 「社会主義を守る」 「唇と歯の関係」 と称して朝鮮戦争に参戦している( 1950年10月 )。 朝鮮戦争は、今日では、金日成がスターリン、毛沢東と相談して始めた戦争であったことが明らかになっている。 従って中国の参戦は、韓国に対する侵略戦争でしかなかった。 中国共産党の最高幹部から見た朝鮮戦争については、朱建栄 「毛沢東の朝鮮戦争 中国が鴨緑江を渡るまで」 ( 岩波書店刊 )が詳しい。 この戦争に参戦する前に、中国共産党の最高幹部内で激論が戦わされた。 林彪は反対したようだ。 中国がベトナム戦争にも参戦していたことが今日ではわかっている。

 中国が 「解放」 直後の、チベットに侵攻し虐殺を行っていたことも今日では様々な資料により明らかになっている。 「セブン・イヤーズ・イン・チベット」 という映画があるが、この映画で描かれていたものよりもっと凄惨な粛清が何度も行われた。 船戸与一 「国家と犯罪」 ( 小学館文庫 )は、1987年9月末から10月はじめにチベット自治区ラサで生じたラマ僧たちの決起と、武装警官、人民解放軍による弾圧を紹介している。 毛利和子 「周縁からの中国 民族問題と国家」 ( 東京大学出版会 )は、中国共産党による徹底的なチベット弾圧と激しい抵抗運動の歴史を記している。 後述する 「反右派闘争」 の頃、チベットでは徹底的な弾圧が断行されていたのだ。

 チベットへの核廃棄物放棄については、チベット国際キャンペーン 「チベットの核」 ( 日中出版刊 )が詳しい。 この本によれば、中国の核開発は米国やソ連に比べれば小規模であるが、核関連施設で働く人間の労働環境の安全性が保障されていない。 多種多様の核廃棄物がチベット周辺に投棄されている疑いがある。 チベット高原の、青海省海北チベット族自治州、西寧市( 青海省の首都 )の100キロメートル西の地点に核兵器の研究、設計施設がある。 中国の核関連施設( 実験場、処理工場、兵器製造工場 )は殆どが非漢民族居住地域にある。 チベット高原には核ミサイルが配備されているが、これはインドの主要な産業施設や軍事施設を射程距離に入れており、大きな脅威を与えている。 チベット高原の核関連施設から放出される有害物質や放射性廃棄物によって、居住地域の河川や湖沼、牧草地が汚染されている疑いがある。 中国政府はこれらに関する報道、調査を厳しく規制している。

 中国が最初の原爆実験に成功したのは昭和39年10月である。 小島麗逸 「現代中国の経済」 ( 岩波新書 第二部Ⅳ )によれば、その後10年間で、中国はほぼ毎年一回の割合で新しい核実験をやっている。 66年以降の文化大革命の混乱に影響されず、順調に兵器の近代化を進めてきた。 核爆弾製造のためのウランの製造には莫大な電力が必要である。 小島氏は、一時期には国の三分の一前後の電力がこの方面に使われた可能性を指摘している。

( 2 )反右派闘争
 毛沢東は 「百花斉放、百家争鳴」 と称して共産党員でない人に、共産党に対する提言、批判を呼びかけた。 これは毛沢東と共産党の予想外の批判を招いたため、共産党は57年6月8日以後、共産党を批判した知識人、労働組合幹部、共産党以外の政党幹部( 当時は共産党以外の政党があった )を徹底弾圧した。 「右派分子」 とレッテルを貼られた人々は労働教養農場( 右派農場 )や労働改造所に連行された。 「反右派闘争」 の犠牲者は、公式には55万だが、 「右派分子」 の家族であるという理由で進学、就職、結婚、昇給、昇進、人民軍入隊、共産党入党などで社会的差別を蒙った人の数は435万人という推計もある。 中国共産党の専制体制がこの 「反右派闘争」 により確立されたといえよう。 「ワイルド・スワン」 は 「反右派闘争」 の後、中国はものいえぬ社会になったと主張している。 「流されて蜀の国へ」 ( 第二章 )によると、ある人が一度 「右派」 にされると、その人が革命に参加してから全ての活動が否定される。 たとえ良いことをしていても、それは野心を達するための表面を繕う行為であるとされ、党内に潜り込んだ個人主義者、野心家であるとレッテルを貼られ、つるし上げられる。 川口氏も、この 「反右派闘争」 の後から中国では党内、党外を問わず心の中を人に見せることがなくなったと指摘している。

( 3 )大躍進
 大躍進運動は、1957年秋から始まった。 水利、植林、鉄つくりなどに農民が動員されて収穫時に十分な刈り入れが出来なかったこと、人民公社の公共食堂でのタダ食いで種子までなくなってしまったこと、旱魃などにより、大凶作になった。 栄養不良による早死者は約1500万といわれる( 小島麗逸 「現代中国の経済」 岩波新書 二部Ⅳ )。 「ワイルド・スワン」 は餓死者が三千万と述べている。 中国史上、あるいは人類史で最大の餓死者を出したのではないかと云われる 「大躍進」 については、ジャスパー・ベッカー 「餓鬼」 ( 中央公論新社刊 )が詳しい。 「流されて蜀の国へ」 ( 第三章 大躍進の渦中で )によれば、鉄鋼の大量生産が大躍進の中心目標だった。 鉄鉱石と石炭を求めて数千万人が山に登った。 全人民による 「土高炉」 の製鉄、製鋼運動だった。 同時に極端な集団化、軍隊化がなされた。 その典型は無料で食べ放題の公共食堂だった。 各生産隊に一つの大食堂を作り、食事時に人民公社の社員全員がこの大食堂で食べる。 これを 「人民日報」 では 「共産主義の萌芽」 と大宣伝した。

( 4 )労働改造所
 「右派」などのレッテルを貼られた政治犯が強制労働を行わされる地域がある。 山崎豊子の 「大地の子」 にも、主人公が労働改造所で羊を追っている場面が出てくる。 労働改造所については、19年間労働改造を強制されたハリー・ウーの 「労改」 ( TBSブリタニカ )、 「ビター・ウインズ」 ( NHK出版刊 )が詳しい。

 現代中国の人権については、アムネスティ・レポート 「中国の人権 政治的弾圧と人権侵害の実態」 ( 明石書店刊 )が詳しい。 「ワイルド・スワン」 で筆者は、 「労働改造所」 の囚人が石綿( アスベスト。 毒性が強い )の採掘を強制されている場面を見たと述べている( 第二十二章 思想改造 )。 囚人の健康被害を防止する策は何一つ講じられていなかったという。

( 5 )档案
 中国には、国民を血統により差別する制度が存在している。 中国では、1961年頃から農民が、農村にある戸籍を都市に移すことがほぼ不可能になった。 食糧、就職などは都市戸籍を持つもののみに国家が責任をもって配給された。 従って農民が都市に出てきても生きのこることが出来ない。

 中国における血統主義については、加々美光行 「歴史の中の中国文化大革命」 ( 岩波現代文庫 )が詳しい。 加々美氏によれば文化大革命の頃、一部の紅衛兵が人々を血統によって以下のように区分することを主張した。 「紅五類」 (1)労働者出身者(2)貧農・下層中農出身者(3)革命幹部出身者(4)革命軍人出身者(5)革命烈士出身者と 「黒五類」 (1)旧地主出身者(2)旧富農出身者(3)反動分子出身者(4)悪質分子出身者(5)右派分子出身者がある。 この規定は、親子・兄弟・縁者・孫までの範囲で関連しあう。 「档案材料」に記述される。 档案材料とは、戸籍と連動した各個人の身上調査書で、各単位の共産党が管理している。 「黒五類」 の人々は 「人民」 概念に入らない人々と考えられている。

 中国では、都市において、企業、事業体、機関、学校、また場合によっては居住区ごとに 「単位社会」 が形成されていた( 山本恒人 「工業化と中国社会主義の形成」  上原一慶編 「現代中国の変革」 世界思想社刊 第二章所収論文 )。 消費財購入に必要な各種切符は単位の責任で配布され、この切符がなければ現金を持っていても食糧や衣服などの物品を購入することができない。 住宅、医療、スポーツ、娯楽、子女の教育などもこの 「単位社会」 で行われる。 単位の所属を変更する場合、例えば転職、入学、人民軍入隊、労働改造所などへの投獄、出国などのとき、档案は移動先の共産党機関に送られる。 档案という、出身階級や思想状況など、個人の基本的状況が記録された文書を中国共産党はこうして把握することにより、国民の批判を封殺してきたといえる。 都市の単位社会内では、中国共産党を批判しない限り、最低限の生活が保障されるようになっていたともいえる。 船橋洋一 「内部」 ( 朝日文庫 第八章 )は、中国の農民が都市に移住を認められるのは宝くじ的確率と述べている。 このルポルタージュが書かれた80年代前半ではそうだった。 この本の第四章では、档案について詳しく説明している。

( 6 )文化大革命
 文化大革命については、現代中国について論じた文献は殆ど何らかの形で言及している。 毛沢東は 「造反有理」 を唱えて紅衛兵による国家機関の破壊を呼びかけた。 一部では、内戦も行われた。 「走資派」 とは、中国共産党内の高い地位にあって資本主義の復活をめざす人間ということだが、劉少奇と鄧小平らを指していた。 このようなレッテルを貼られて粛清された人の正確な数はわからないが、数百万人規模ではないだろうか。 「ワイルド・スワン」 で、中国共産党の古参幹部だった筆者の父親は、徹底的に迫害される様子が描かれている。 1969年に、一家は 「思想を改造する」 ために四川省の辺境に送られる。 「走資派」 の父親は、ヒマラヤ山脈の東端( 古代の流刑地 )の労働キャンプで労働を強制される。 その後父親は発狂状態になり、憤死する。 相当数の中国共産党幹部が、文化大革命により迫害され、悲惨な最期を遂げた。

( 7 )近年の高成長と社会的な矛盾、拝金主義、環境汚染
 中嶋嶺雄 「中国・香港・台湾」 は、中国の現代史入門書であるが、香港、台湾との関係を簡潔に解明している。 中国の拝金主義、環境汚染の深刻さを指摘している。 ヤオハンの悲劇を例にあげて、中国に進出している日本企業が骨の髄まで吸われる可能性を指摘している。 ヤオハンの悲劇については、当事者である和田一夫氏の 「ヤオハン 失敗の教訓」 ( かんき出版 )が詳しい。 ヤオハン倒産の重要な要因は、中国進出ではなく、同族経営の甘さ、 「世界のヤオハン」 といった驕り、資金効率、資産効率重視が出来なかったことであると述懐している。 ヤオハンの倒産については、青木直人 「中国に再び食われる日本企業」 ( 小学館文庫 )が和田氏の見解に対し疑問を表明している。

 ゴードン・チャン 「やがて中国の崩壊がはじまる」 ( 草思社刊 )は最近よく売れている本である。 チャンは幹部の腐敗、国有企業の経営不安と不良債権、法輪功による抵抗、チベットとウイグル問題、台湾の独立問題などをあげて、WTO加盟から5年以内に中国共産党の一党支配が終わると指摘している。 沈才ヒン( 木遍に杉 ) 「通史とテーマで読み解く中国経済読本」 ( 亜紀書房 )は中国経済についてのわかりやすい入門書である。 小島麗逸 「現代中国の経済」 は、現代中国を 「官僚金融産業資本主義」 と規定している。

( 8 )中国人の密航組織 「蛇頭」
 中国の密航組織、闇市場については、望月健とジン・ネット取材班の 「蛇頭 『密航者飼育』 アジト」 ( 小学館文庫 )、莫邦富 「蛇頭」 新潮文庫、森田靖郎 「密航列島」 ( 講談社文庫 )、暁冲 「汚職大国・中国 腐敗の構図」 ( 文春文庫 )などが詳しい。 福建省から密航する人が多いようだが、中国東北部の朝鮮族が韓国に密航する場合もある。 これらの闇組織が、北朝鮮と提携して覚せい剤の輸出を行う可能性がある。

Ⅱ・朝鮮労働党による 「解放」 の実態と北朝鮮の現状

 北朝鮮でも、金日成が 「日本帝国主義を破り祖国を解放した」 ことになっている。 実際は、金日成はソ連軍の一将校として平壌に連れてこられ、伝説的な名前である 「金日成」 を名乗っただけである。 金日成の本名は金成柱であり、中国共産党の傘下で小規模の闘争を行ったが、日本軍に追求され、満州からソ連領に逃げたところ、ソ連軍に編入された。 金日成による 「解放」 などなかった。 これだけでも、北朝鮮が巨大な虚偽国家であることがわかる。

 昨年末、奄美大島沖に北朝鮮の工作船が来襲し、周知のように海上保安庁による追跡の結果、自沈した。 船が北朝鮮と通信をしていたこと、遺体から発見された物資( 北朝鮮製のタバコ )が発見されたこと、乗組員が自決したこと、乗組員がロケット砲を発射したことなどを考慮すると、これは北朝鮮の工作船としか考えられない。 この船に何が積載されていたのか、他に不審船はなかったのかなど、解明すべき点は多い。 北朝鮮の歴史と実態について、羅列的であるが、簡単にみておこう。

( 1 ) 「成分」
 北朝鮮では、全国民を出身によって三階層に区分する 「成分」 制度がある。 民族統一研究院の 「北朝鮮人権白書」 ( 2001年版 p35から50 )によれば、1958年12月より北朝鮮当局は家族の階級的背景と社会的活動などを基準に、全住民を出身成分で区分する作業を推進した。 こうした区分作業はその後何度も行われているので、現段階で細目を詳しく把握することは困難であるが、当局は全住民を 「核心階層」 「動揺階層」 「敵対階層」 の三階層に大別している。 各階層はさらに詳しく成分に分類されており、全体として三階層五十一成分となる。 「敵対階層」 に区分された人は雇用、教育、住居、医療、婚姻など社会生活の全ての面で差別待遇を蒙る。 「成分」 については、亡命者の手記を読むと殆どがこれに言及している。 例えば金賢姫 「いま女として 上下」 ( 文春文庫 )、月刊朝鮮編 「祖国を棄てた女 北朝鮮亡命女性の証言」 ( 小学館文庫 )。 北朝鮮ではヤクザの世界でも、この 「成分」 が重要であるという証言もある( 白栄吉 「北朝鮮不良日記」 文春文庫 )。 康明道 「北朝鮮の最高機密」 ( 文春文庫 )は、北朝鮮の総理の娘婿だった著者が、北朝鮮の高級幹部の生活実態を暴いている。

( 2 )強制収容所と公開処刑
 北朝鮮では、金父子の 「教示」 に従わなかった者あるいは不満を抱いていると国家保衛部にみなされた者が強制収容所に連行される場合がある。 拷問による調査の後、極端な場合は処刑されてしまう。 民族統一研究院の 「北朝鮮人権白書」 ( 2001年版 p113から130 )によれば、北朝鮮当局は強制収容所を 「○○号管理所」 と呼んでいる。 米国国務省が朝鮮戦争当時に得た北朝鮮の文書によれば、北朝鮮では集団収容所が1947年以降運営され、当初は悪質地主、親日派、宗教人などが収容されていたが、朝鮮戦争以後は主に治安隊への加担者が収容されていた。

 北朝鮮では、 「反革命分子」 「不健全な思想を持つ者」 「敵対分子」 などの曖昧な 「罪」 である日突然 「政治犯」 扱いされてしまう。 「政治犯」 には裁判はなく、国家安全保衛部という政治犯を扱う警察が非公開で調査し刑罰を決定する。 「政治犯」 本人だけでなく家族や親戚まで何らかの罪を蒙る 「連座制」 がある。 強制収容所には 「完全統制区域」 と 「革命化区域」 の二種類があり、前者に収容された場合は死ぬまで一般社会には戻れない。 「革命化区域」 の場合は、 「革命化された」 と判断されれば一般社会に戻ることが出来る。 収容者は食糧を殆ど与えられず鉱山、伐木など、過酷な労働を強制されるので収容所で死ぬことが多い。 強制収容所では 「政治犯」 が公開処刑ないしは撲殺される場合がある。 北朝鮮の強制収容所については、実際に収容されていた体験者である姜哲煥・安ヒョクによる 「北朝鮮脱出」 ( 文春文庫 )が衝撃的である。 姜哲煥の場合、元在日朝鮮人の祖父が 「死に値する罪」 を犯したということで行方不明になった。 それから暫く後、母親を除く一家全員が強制収容所に連行された( 1977年 )。 姜哲煥氏は当時九歳だった。 母親は「成分」が良かったので、強制離婚させられ、強制収容所には連行されなかった。

( 3 )日本人、韓国人の拉致
 政府によれば、北朝鮮により拉致された疑いのある日本人は十名であるが、もっと多くの日本人が拉致、抑留されていることは明らかだ。 御本人は否定するであろうが、私は寺超武志さんが海で北朝鮮の工作船に遭遇し拉致されたと考えている( 寺越友枝 「生き別れて37年 北朝鮮にいる息子よ わが胸に帰れ」 徳間書店刊 )。 新潟の横田めぐみさん、大阪の原敕晃さん、鹿児島の市川修一さんと増元るみ子さん、 「李恩恵」 こと田口八重子さん、柏崎の蓮池薫さんと奥土祐木子さん、福井の地村保志さんと浜本富貴恵さん、東京の久米裕さんらは日本国内から暴力的に拉致されている。 これとは異なり、ヨーロッパを旅行中に誘拐された人もいる。 よど号関係者によるヨーロッパでの日本人誘拐事件については、よど号の支援者だった高沢皓司氏の 「宿命」 ( 新潮文庫刊 )が詳しい。 よど号関係者は、朝鮮労働党の指令で日本人を平壌に連れこみ、日本の主体思想化に協力させようとしていたと高沢氏は指摘している。 神戸市の有本恵子さんは、彼らによるこうした策動の犠牲者である。 有本さんはイギリスで英語の勉強をしていたとき、北朝鮮工作員と知り合い、 「貿易の仕事をさせてやる」 などと騙され( 1983年 )、平壌に連れこまれてそのまま抑留されている。 有本さんの拉致事件については、昨年秋の 「ニュースステーション」 で詳しく報道された。 有本さんを直接誘拐したと思われる女性( よど号関係者 )が、放送で 「人間として決してやってはならないことをやってしまった」 と証言した。 ニュースステーションでは、この証言は明らかに自分に不利なだけに、極めて信憑性が高いと述べていた。

 韓国政府によれば、朝鮮戦争以後北朝鮮により拉致、抑留されている韓国人は487人である。 北朝鮮に拉致された韓国人の多くは漁民だ。 この方々の殆どが、韓国の領海から拉致されている。 拉致された韓国人、李在根氏の帰還報告書 「猟奇共和国30年体験」 ( 月刊朝鮮社刊 )によれば、李在根氏ら奉山号の船員は1970年4月29日、韓国の領海である西海での漁業を終えて帰る途中に、北朝鮮の警備艇により船ごと拉致されてしまった。 李在根氏は拉致された後、 「中央党学校」 と呼ばれる施設でスパイ訓練を受けることを強制された。 三十年後に、李氏は中国を経て韓国に帰還することができた。 李在根氏によれば、北朝鮮では軍隊が外貨を稼ぐためにケシを栽培している( p208~209 )。 拉致された韓国人の相当数が、 「中央党学校」 や、元山にある 「62号連絡所」 という所でスパイとしての訓練、 「講習」 を受けさせられている。 李氏によれば、北朝鮮には 「対南連絡所」 というスパイ活動をする部署がある。 「 対南連絡所 」 が普通の生活をしていた人をスパイ要員として召還する場合、安全のために国家保衛部( 北朝鮮の警察機構の一つ。 主に政治犯を扱う )に政治犯として引っ張られたかのように偽装し、その人の家族も農村に追放されてしまう( p288 )。 「安ソンボン」 という帰国者とその家族がこのような扱いを受けたと李氏は述べている( p287~288 )。

 「日本人行方不明者」 調査についての、昨年12月の朝鮮赤十字会の声明( 抜粋 )

 「人間の自主性、人権をもっとも貴重なものとみなすことを本質としている我が国には、 『拉致』 などあるはずもない。 しかし、我々は先日、日本側の 『一般行方不明者』 を調査してくださいという、重ねての要請により、人道的見地から、共和国の権威ある該当機関との協力のもと、彼らに対する消息調査を、誠意をもこめておこなってきた。 この過程で、日本側がいう 『行方不明者』 はわが共和国内にはいないことが判明した」

 「日本側は荒唐無稽な 『拉致』 問題をもってわが共和国を害そうとする行為がもたらすものについて真剣に考えねばならない。 このような卑劣な行為を直ちに中止し我々の人民と世界人民の正当な要求に従い自らが犯した反人類的な過去の罪にたいし誠実に謝罪、補償するための実践的措置をとらねばならないだろう」

 北朝鮮の拉致事件、工作活動について最も包括的に解明している文献は恵谷治 「北朝鮮 対日謀略白書」 ( 小学館 )である。 大阪府民原敕晁さんの拉致事件については、石高健次 「金正日の拉致指令」 ( 朝日文庫 )が詳しい。 石高氏はテレビ朝日のプロデユーサーとして精力的な取材を行い、拉致問題に関する番組を多数製作している。 元北朝鮮工作員で、38度線を越えて韓国に亡命した安明進氏は、朝鮮労働党の情報機構 「三号庁舎」 、スパイ養成機関である 「金正日政治軍事大学」 について語っている( 安明進 「北朝鮮拉致工作員」 徳間文庫 )。 安氏は金正日政治軍事大学やスパイの病院である915病院で、アラブ系の人々を見かけたと述べている。 北朝鮮で人道援助に携わり、2000年末に 「破壊活動分子」 のレッテルを貼られて国外追放されたドイツ人医師ノルベルト・フォラツェン氏も、アラブ系の人々を何度も見かけたと述べている。

( 4 )南朝鮮革命路線
 朝鮮労働党は北朝鮮を 「朝鮮半島の北半部にある革命基地」 と規定している。 「南半部」の地域、すなわち韓国はいまだ解放されておらず、米帝国主義の植民地支配下にあるという規定である。 金日成によるこの規定が示された代表的文献は、 「すべての力を祖国の統一独立と共和国北半部における社会主義建設のために -朝鮮革命の性格と任務に関するテーゼ」 ( 1955年4月 )である。 これはスターリンとソ連共産党の思想的影響を受けた規定であり、朝鮮労働党の基本路線である。

 元北朝鮮工作員の張龍雲氏による 「朝鮮総連工作員」 ( 小学館文庫 )は、朝鮮労働党の南朝鮮革命路線について、自らの体験を通して赤裸々に語っている。 張氏が所属していた秘密組織 「洛東江」 は、神戸市在住の田中実さんをヨーロッパから平壌に連れこんでそのまま抑留している。 張氏はこの組織の資金調達係だった。 北朝鮮を、文献と亡命者からの聞き取り調査などに基づき実証的に分析した代表的文献は玉城素 「北朝鮮 破局への道 チュチェ型社会主義の病理」 ( 読売新聞社刊 )である。 朝日新聞アエラ編集部による 「北朝鮮からの亡命者 60人の証言」 ( 1997年朝日文庫 )は多数の亡命者からインタビューしているので、北朝鮮の真実を把握するために貴重な資料である。 インタビューを積み重ねて真実を把握していくという手法は、開発経済学や労働経済学などでも、発展途上国の実態、企業の現場における技術の伝播、継承方法や労働の実態などを把握するために多用されている。 朝鮮労働党の元書記黄長燁氏による一連の著作も貴重である。 黄長燁氏は南朝鮮革命戦略が内乱を起こすことも狙う極めて危険な策動であるとし、韓国政府の 「太陽政策」 を厳しく批判している( 黄長燁 「金正日への宣戦布告」 文春文庫、 「北朝鮮の真実と虚偽」 カッパ・ブックス 光文社刊 )。

 北朝鮮の工作船については、ジン・ネット取材班の 「追跡!!北朝鮮工作船」 ( 小学館文庫 )が詳しい。 ジン・ネットの高世仁氏は論考 「北朝鮮 『覚醒剤工作船』 が日本に押し寄せる」 ( 「月刊現代」 2002年3月号 )で、大量の覚醒剤が運ばれる経路として(1)北朝鮮から中国朝鮮族に流れ、そこから大連あるいは南の沿海部まで陸路で運ばれて、海を越えて日本に運ぶ(2)北朝鮮から海路、中国船を経由して日本に持ち運ぶ場合を指摘している。 高世氏が取材した新宿歌舞伎町の覚醒剤売人によれば、北朝鮮の覚醒剤はとびきり純度が高いので一番人気があるそうだ。 高世氏は、今年の前半は2月16日に金正日の還暦祝い、4月15日に金日成の生誕九十周年祝典、4月25日に朝鮮人民軍創建七十周年と大金を必要とするイベントが続くことから、重武装化した工作船が覚醒剤取引のために大挙して現れる可能性を指摘している。 北朝鮮と日本の暴力団の関係だが、高世氏の論考によれば、平成10年8月に高知県窪川町沖で大量の覚醒剤が入ったポリ袋が地元の猟師により発見された。 警察が捜査すると、近くの海上や海岸13箇所でポリ袋が発見され、関与していた暴力団組長らが逮捕された。 この暴力団は、洋上で北朝鮮の工作船から覚醒剤を受け取ったという。 このときに高知県沖に現れた工作船と、昨年12月に奄美大島沖に現れた 「不審船」 ( 工作船 )が瓜二つであると高世氏は述べている。

( 5 ) 「党の唯一思想体系確立に関する十大原則」 と金父子崇拝
 「党の唯一思想体系確立に関する十大原則」 は、北朝鮮では全国民に何らかの形で徹底されている基本文献である。 日本共産党が出版していた雑誌 「世界政治―論評と資料」 ( 1988年4月上旬号 762 p28~33 )に 「党の唯一思想体系確立の十大原則」 の全訳が掲載されているので、以下抜粋して紹介しよう。

 「すべての党員と勤労者は、敬愛する首領を永遠に高くおし戴き、首領にあくまで忠誠を尽くし、全党と全社会を偉大な金日成同志の革命思想で一色化する歴史的偉業を輝かしく遂行するため、次のような党の唯一思想体系確立の十大原則を徹底して守らなければならない。

偉大な首領金日成同志の革命思想で、全社会を一色化するために命を捧げて闘争しなければならない。
偉大な首領金日成同志を忠誠をもって高く仰ぎ奉らなければならない。
偉大な首領金日成同志の権威を絶対化しなければならない。
偉大な首領金日成同志の革命思想を信念とし、首領の教示を信条化しなければならない。
偉大な首領金日成同志の教示の執行において、無条件性の原則を徹底して守らなければならない。
偉大な首領金日成同志を中心とする全党の思想意思的統一と革命的団結を強化しなければならない。
偉大な首領金日成同志に学び、共産主義的風貌と革命的活動方法、人民的活動作風を所有しなければならない。  
偉大な首領金日成同志から授かった政治的生命を大切に守り、首領の大きな政治的信任と配慮に高い政治的自覚と技術により、忠誠をもって報いなければならない。
偉大な首領金日成同志の唯一的指導のもとに、全党、全国、全軍が一体となって動く強い組織規律を確立しなければならない。
偉大な首領金日成同志が開拓された革命偉業を、代を継いで最後まで継承し完成していかねばならない。
 二の後に、以下の記述がある。 「たとえ一瞬間でも、ひたすら首領のために生き、首領のためには青春も生命も喜んで捧げ、どんな逆境の中でも、首領にたいする忠誠の一念を変わることなく肝に銘じなければならない」 八の後に、以下の記述がある。 「政治的生命を第一の生命と考え、生命の最後の瞬間まで自分の政治的信念と革命的節操をまげることなく、政治的生命のためには、肉体的生命を塵芥の如く捧げることを知らなければならない」

 これらの 「原則」 に基づき、金賢姫は、逮捕されたときは自決するように朝鮮労働党幹部から 「指導」 を受けていた。 彼女と主犯格の男性は逮捕されそうになったので実際に毒薬を飲んだが、彼女だけがなんとか生き延び、事件の全貌を自白した。 「政治的生命を第一の生命と考え、生命の最後の瞬間まで自分の政治的信念と革命的節操をまげることなく、政治的生命のためには、肉体的生命を塵芥の如く捧げることを知らなければならない」 という 「十大原則」 を金賢姫らは 「実践」 したといえる。

 「労働新聞」 は金正日を 「人類の救世主」 「絶世の偉人」 「百戦百勝の零将」 「世界が公認する21世紀の領導者」 と主張している。 去る1月20日の 「労働新聞」 掲載論文 「金正日将軍は世界が公認する21世紀の領導者だ」 は次のように述べている。

 「今日、全世界の人々は我が敬愛する金正日将軍を 『世界政治の元老』 『自主政治の化身』 として称えどこまでも従っている」

 「国と民族の運命、進歩的人類の指向と念願を一身に受けられ、精力的な対外活動で祖国統一と世界自主化偉業実現に再び特出した功績を築かれている、絶世の偉人金正日将軍様を仰ぎ、南の同胞は心臓の声を合わせている。 全世界が仰ぎ奉っている絶世の偉人、金正日将軍様を民族の首位に高く推戴すれば、祖国統一と民族の永遠の繁栄は確定的だ。 将軍様による愛国、愛族、愛民の領導を受け入れて民族自主統一を一日も早く実現しよう!」

 北朝鮮についてよく知らない人には信じがたいことであろうが、労働新聞はこうした論文を毎日のように掲載している。 「労働新聞」 によれば、韓国人も心から金正日を 「絶世の偉人」 と仰いでいる。 そんなことはありえないのだが、朝鮮労働党は韓国社会をそのように把握しているから、 「南朝鮮傀儡」 をテロにより粛清してしまえば、圧倒的多数の韓国人が金正日を心から歓迎して最高首脳に迎え入れ、 「南朝鮮革命」 が成就するという発想になる。 こうした発想から、青瓦台事件、ラングーン事件などのテロを朝鮮労働党は断行してきたのだ。

( 6 )北朝鮮帰国者問題
 北朝鮮帰国者とは、昭和34年より行われた在日朝鮮人による集団的帰還事業で北朝鮮に帰国した人々を指す。 約93000人( 日本国籍保有者約6000人を含む )がこの事業により北朝鮮に帰国した。 帰国後、この人達は主に 「動揺階層」 に区分され、様々な迫害を蒙った。 相当数の帰国者が行方不明になっている。 李佑泓氏の 「どん底の共和国「暗愚の共和国」( 亜紀書房刊 )は、北朝鮮の農業、工業の不振の根本的原因が金父子への個人崇拝にあることを暴いているが、同時にどうしようもない個人崇拝社会、金父子による圧政の中で苦しむ帰国者の姿を告発している。 帰国事業については、萩原遼 「北朝鮮に消えた友と私の物語」 ( 文春文庫 )が詳しい。 萩原氏は元 「赤旗」 平壌特派員である。 宮崎俊輔 「北朝鮮大脱出 地獄からの生還」 ( 新潮OH!文庫 )は、帰国者の実体験を赤裸々に語っている。 筆者は日本国籍保有者だったので、中国東北部に脱出した後、日本政府の援助で帰国することが出来た。 元朝鮮総連幹部の張明秀氏による 「北朝鮮 裏切られた楽土」 ( 講談社+α文庫 )は、帰国事業に携わった一人として、この事業の欺まん性と、帰国者の悲劇を厳しく告発している。 吉永小百合主演の映画 「キューポラのある街」 は、高度成長期に入る前の頃、埼玉県川口市( 鋳物の町 )で 「ジュン」 という娘の成長を描いた作品だが、同時に在日朝鮮人との交流、在日朝鮮人による北朝鮮への帰国事業も描いている。 関貴星 「楽園の夢破れて」 ( 亜紀書房 )は、帰国事業が盛大に行われていた頃、二度の訪朝経験から北朝鮮が徹底的な抑圧国家であることを暴露した貴重な文献である。 関氏のように、事実を事実と認める勇気がある人ならば、帰国事業の頃でも北朝鮮の虚偽を見ぬく事ができたのだ。

( 7 )90年代後半の飢餓
 北朝鮮では、90年代後半に大規模な飢餓状態になった。 西岡力 「餓死者続出の北、 『革命前夜』 の南」 ( 「現代コリア」 96年11月号掲載 )は北朝鮮からの亡命者のインタビューとその分析を行い、肥料、農業、資材、石油の決定的不足、農場員の勤労意欲低下、水害などにより農業が大不振となったこと、そして一年間で数十万人の餓死者が出ていることを指摘した。 北朝鮮から中国東北部に逃れている脱北者の救援活動を行っている仏教系の団体 「良い友人」 は、97年9月30日から98年10月29日まで難民1855人に会って詳細な面談調査を行い、北朝鮮では95年から98年までで餓死者が約300万人になるという調査結果を発表した。 「良い友人」 が調査した難民1855人の家族は10127人で、そのうち2991人が95年8月の大洪水以後98年9月まで餓死ないしは飢餓性の疾病で死亡した。 この死亡率を北朝鮮一般国民1300万人( 党、政府幹部、軍人など300万人、農民600万人を総人口から除外する )に当てはめると死亡者数は350万人になる。 そのうち50万人が自然死とすれば、300万人が餓死したと推計できる。 調査結果によれば特に幼児と老人の死亡率が高い。 1歳から6歳までの幼児の死亡率は51・2%、60代以上の老人の死亡率はなんと80%である。 老人の死亡率が高い理由は、老人は体が弱いというだけでなく、子供や孫のために自らの食をとらずに餓死していく場合が多いと考えられる。 また生存している人でも、57%程度が栄養失調または疾病に罹っていると考えられる。 餓死者の正確な数は不明であるが、現段階ではこの調査結果は最も実証性、信頼性が高いものである。

 宮崎俊輔 「北朝鮮大脱出 地獄からの生還」 ( 新潮OH!文庫 )、安哲・朴東明 「北朝鮮飢餓ルポ」 ( 小学館文庫 )などを、90年代前半までに書かれた本と比べると違いがはっきりわかる。 高英煥 「平壌25時」 ( 徳間文庫 )は80年代後半の北朝鮮の庶民生活と幹部の生活の極端な差、そして北朝鮮の外交政策の実態を暴露している。 アフリカ諸国の首脳が北朝鮮をよく訪問しているが、これは北朝鮮が金父子礼賛と引き換えに様々な援助を与えているからだ。 高氏は北朝鮮の元外交官である。 北朝鮮では80年代からすでに一般の人々は慢性的な栄養失調状態だったが、この原因の一つは、このような外交政策にある。 「平壌25時」 には、金日成の 「鶴の一声」 で多額の援助が決められていく様子が描かれている。

( 8 )北朝鮮の軍事力
 韓国の国防白書( 2000年版 )によれば、北朝鮮は1960年代初めから金日成の教示により化学兵器、生物兵器の研究及び生産機構を設置し、武器開発に力を注いできた。 1980年代から、 「毒ガスと細菌武器を生産し戦闘に使用することが効果的」 という金日成の教示に従い、化学兵器、生物兵器の開発に力を注いできた。

 その結果1980年代には細菌培養実験に成功し、1980年代末には生体実験も完了した。 現在の北朝鮮は大量の有毒作用剤を保有しており、生物兵器を培養、生産できる施設を多数保有していると推定される。 北朝鮮は約10万人の特殊部隊を保持し、有事に前、後方で同時多発的に浸透して通信施設破壊、兵站線の遮断、飛行場など重要施設攻撃、要人暗殺などを行う前後方同時戦場化を目論んでいると判断される。 北朝鮮の軍事力については、高青松 「金正日の秘密工場」 ( ビジネス社刊 )が詳しい。 高氏によれば、北朝鮮では 「第二経済委員会」 という朝鮮労働党の一機関が兵器生産を担当している。 北朝鮮は慢性的な物資不足だが、物資は優先的にこの 「第二経済委員会」 に回される。 ここでスカッドミサイル、ノドンミサイルなどが生産され、中東に輸出されている。 北朝鮮では、秘密保持のために兵器工場が地下に作られている場合があるようだ。 康明道 「北朝鮮の最高機密」 ( 文春文庫 )は、北朝鮮がすでに核爆弾を保有していると主張している。

 韓国について

 今回は詳しく触れられないが、韓国については佐桑徹 「韓国財閥解体」 ( 日刊工業社刊 )が、韓国で現在行われている 「財閥改革」 についてわかりやすく要約している。 渡辺利夫 「韓国経済入門」 ( ちくま学芸文庫 )は韓国の高度成長が政府の適切な指導によりもたらされたことを指摘し、財閥の積極的側面を強調している。 百瀬格 「韓国が死んでも日本に追いつけない18の理由」 ( 文春文庫 )は、1968年に韓国に赴任し、ポハン製鉄所の建設に尽力してきた元商社マン( トーメン )の目で見た韓国経済論、韓国文化論である。 西岡力 「金正日と金大中」 ( PHP研究所 )は、金大中政権の 「太陽政策」 の危うさを厳しく告発している。 今回の文献紹介は文庫本を主にしたが、中国や北朝鮮について本格的な研究を志す人は、中国共産党や朝鮮労働党の文献を原語で読まねばならない( 私は残念ながら中国語を読めない )。

Ⅲ・なぜ共産主義国ではこうした惨劇( 粛清、抑圧と飢餓 )が繰り返されてきたのか

 これは二十世紀の歴史を考える際、極めて重大な論点である。 幾つかの議論を紹介しておこう。

 第一に、共産主義思想では 「階級敵」 という規定がある。 階級闘争理論とは、社会の中に、貧困を作りだす、あるいは資本主義の復活をもくろみ、社会発展を阻む 「階級敵」 が存在するから、 「階級敵」 との徹底的な闘争を通じてこそ、貧困は解決するという論理構成になっている。 「階級敵」 とは、富農、地主、右派、走資派、大企業、多国籍企業、南朝鮮傀儡徒党、南朝鮮情報員、米帝国主義の手先、日本帝国主義の手先などである。 共産主義思想は、こうした人々を粉砕しない限り、資本主義の矛盾を解決した社会主義、共産主義社会は実現できないと説く。 こうした 「階級敵」 に所属ないしは関係していた人々は、 「労働が人間を変える」 から、 「人民に奉仕する」 労働を行って 「人間改造」 をせねばならないということになり、旧ソ連ではラーゲリ、中国では労働改造所、北朝鮮は管理所という強制収容所が作られていったと考えられる。 中兼和津次( 「社会主義と市場 -中国社会主義経済論に見る唯物史観の黄昏―」  中兼和津次・三輪芳朗編 「市場の経済学」 有斐閣 第五章掲載 )は共産主義国における惨状の根本的原因はこうした史的唯物論によると主張している。 小泉信三氏は、戦後まもない頃発表した論文で、トロツキー、ジノヴィエフをはじめとしたロシア革命の中心人物のうち終わりをよく全うした人物が殆ど皆無であることをあげ、ロシア革命の凄惨さを見破っていた( 「エルフルト綱領の教訓」  「共産主義批判の常識」 講談社学術文庫所収 )。 小泉氏は、暴力革命の行われた後で、権力者は反革命に対する異常な恐怖に襲われるから、人々をお互い疑わせるような密偵と極刑の制度が政治の不可欠の道具となると述べている。 この論文は、レーニン、スターリンによる蛮行の史実が全く知られていなかった頃に書かれているという点で、注目するべきものだ。 この論文の初出は昭和24年の文藝春秋である。 フルシチョフによるスターリン批判( 昭和31年 )より前でも、イデオロギーに囚われない透徹した眼を持つ人ならば、ソ連の実態を看破できたのだ。

 第二に、共産主義思想では、言論が 「階級敵を擁護する言論、イデオロギー」 と、 「人民に奉仕する言論、イデオロギー」 に区分されているという点だ。 言論とイデオロギーがこのような位置付けになっているから、 「歴史の発展法則を知っている」 人たちは 「階級敵を擁護する言論、イデオロギー」 を一切相手にしなくても良い、無視してよいということになってしまう。 アレクサンドル・ヤコブレフは、共産主義理論が全知全能を自認していたので、どんな対話とも無縁であり、全体主義的体質を持っていたと述べている( 「マルクス主義の崩壊」 サイマル出版会 Ⅰマルクス主義の誤謬 )。 全体主義の研究家ハンナ・アーレントは、 「イデオロギーとしての上部構造に関するマルクスの理論は、究極的には言論へのこうした反伝統的な敵意と、それに付随する暴力賛美に基づく」 と述べている( ハンナ・アーレント 「過去と未来の間」 みすず書房 p27 )。

 共産主義国の惨劇はなぜ生じたのだろうか。 二十世紀において、多くの人々はなぜ共産主義思想と理論を信奉し、極端な抑圧制度をつくって数千万人もの犠牲者( 餓死者を含む )を出してしまったのだろうか。 その構造を明らかにするのはまだまだこれからの課題である。 ソ連における粛清と飢餓については、 ステファヌ・クルトワ&ニコラ・ヴァルト 「共産主義黒書 -犯罪・テロル・抑圧―ソ連編」 ( 外川継男訳 恵雅堂出版刊 )が詳しい。 塩川伸明 「ソ連とは何だったのか」 ( 勁草出版刊 )は、 「共産主義=全体主義」 といった単純な論理では、その社会のダイナミックな動きが把握できないと主張している。 共産党の指導者が絶対的な権力を握ると、直ちにいかなる反対もできなくなるといった単純な発想では、共産主義国の歴史は語れないであろう。 ソ連、中国、北朝鮮、東欧、ベトナムいずれでも、相当な粛清と弾圧が行われたが、様々な形で抵抗があったことも明らかになりつつある。