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( 2011.03.15 )

 退 

原発事故 首相なお指揮演出

 東京電力福島第1原発のトラブルがこれほど悪化したのは、政府が初動時に事態を過小評価したからではないか。 あるいは希望的観測に基づき、小さく扱おうとしたのかもしれない。 そこに 菅直人首相のいつもの政治パフォーマンスと責任転嫁が加わり、事態は混迷を深めている


不都合な事実隠す

 「これ以上の放射線漏洩の拡大を防ぐように全力を挙げて取り組んでいる」

 首相は15日午前11時に発表した「国民へのメッセージ」 で「ぜひ冷静にお聞きいただきたい」 と切り出し、福島第1原発から半径20~30キロ以内の住民に屋内退避を指示した上でこう強調した。

 ところが、3号機付近で 400ミリシーベルトという異常な放射線量が検出 された 「不都合な真実」 には触れなかった。

 政府は福島第1原発の異常事態が発覚以来、「最悪の事態を想定して対応する」 と強調してきた。 にもかかわらず、避難指示の範囲は当初の半径10キロからじわじわと拡大。 これが周辺住民の不安と混乱をもたらしたことは間違いない。

 そもそも、首相は東日本大震災発生直後から「低支持率を挽回するチャンス」 とばかりに自らをアピールしてきた。

 地震発生翌日の12日午前に 急遽「現場を視察したい」 と言い出し、福島第1原発を訪問。 放射線漏れ対策に追われていた東電の現場担当者らはさぞ困惑したことだろう。

 これに懲りず、首相はその後も被災地視察を望み、「かえって迷惑をかける」 と周囲に引き留められた。 「大将は非常時にはどっしり構えて指示を出さないといけない」 ( 連合幹部 )ことを理解していない。


東電に3時間11分

 首都圏で混乱を招いた東電の計画停電に関しても東電社長は13日午後6時すぎに発表する予定だった。 ところが、首相が「私が発表したい」 と言い出した ため調整に手間取り、国民への周知は2時間も遅れた。

 発表の際、首相は感極まり涙をにじませた。 非常時に感情を抑えることができないような最高指導者では国民は心もとない。

 事態が悪化すると 責任転嫁することだけは相変わらず である。

 「陣頭指揮に立ってやり抜きたい!」

 こう言って首相は15日早朝、統合対策本部立ち上げのため東電本店に向かった。 もしかしたら、それまで陣頭指揮を執る考えはなかったのかと勘ぐってしまうが、到着すると居並ぶ東電幹部を「一体どうなっているんだ」 と怒鳴り上げた。

 「あなたたちしかいないでしょ。 覚悟を決めてください。 撤退すれば東電は100%潰れます」

 首相にこの言葉をそっくりお返ししたい反論できない相手にかさにかかっている場合ではないはずだ。 互いの連携を密にできなかった責任は政府にもある。 しかも、驚くことに 首相は東電に3時間11分も居座った。 これでは 業務妨害 ではないか。 この間首相官邸を空けたことは 職場放棄だ ともいえる。


依然、パフォーマンスばかり
    なぜ、首相は非常事態宣言を出さないのか


 東日本大震災、これに伴う東京電力福島第1原子力発電所の放射能漏れ ……。 これにより 日本が直面している危機を菅直人首相は本当に理解しているのか。 なぜ速やかに非常事態宣言を出し、自ら「未曾有の国難」 と呼ぶこの事態に立ち向かわないのか。
 15日、日経平均株価は9000円割れした。 首相は地震直後から東京証券取引所の取引を停止することもできたはずだが、どうやら念頭にないようだ。

 ニュージーランドのキー首相は、2月22日にクライストチャーチなどで大地震が発生すると翌23日に非常事態宣言を出し、被災地で夜間外出禁止などを呼びかけた。 あれほど報道で取り上げられながら首相は何も学んでいなかったようだ。


ブラックジョーク

 13日に 蓮舫行政刷新担当相を節電啓発担当相 に、辻元清美元国土交通副大臣を災害ボランティア担当の首相補佐官 に任命したことにも必然性は感じられない。

 蓮舫氏は事業仕分けで 大津波対策のスーパー堤防の廃止を判定 した。 辻元氏は平成7年の 阪神淡路大震災の際、被災地で反政府ビラをまいた
 2人の起用はブラックジョークなのか?!


 阪神大震災では、後手後手の対応を取った小沢潔国土庁長官が非常災害対策本部長を更迭された前例もある。 首相もパフォーマンス以外に知恵が浮かばないならば他の人に代わってもらうしかない。





菅総理へ
 
  




( 2011.03.16 )
 

 米メディアのあいだで、相次ぐ爆発と深刻な放射性物質( 放射能 )漏れに苦しむ福島第1原発に残って作業を続けている50人の作業員への注目が急激に高まっている。 16日付米紙ニューヨーク・タイムズは「最後の防御」 と題して50人を特集したが、驚くべき自己犠牲の精神に対する称賛の裏側には、この国家的危機に際しても他の電力会社や国際社会の総力を結集できずに手厚い作業体制を敷くことができない日本の対応への疑問やいらだちも透けてみえる。

 「日本を核の大惨事から救う最後の頼みの綱」。 ニューヨーク・タイムズは50人をこう表現した上で、「彼らは迷宮のように機器が入り組み、停電で真っ暗になった施設内を、懐中電灯だけを頼りに、防護服とマスクに身を包んではいずり回り、海水注入などの作業にあたっている」 と、その献身ぶりを伝えた。

 「だが、被曝限度を超えれば作業員は現場を離れなければならない。 さて、どうするのか?」。 同じニューヨーク・タイムズの14日付記事は恒常的な人員不足の実態をこう指摘する。

 東電は現場に残った作業員の身元の詳細を明らかにしておらず、同紙は「フェースレス50( 顔のない50人 )」 と表現。 厚生労働省が15日、同原発での緊急作業時に限り、放射線の被曝限度を現行の100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げたことを挙げて、「暗黙のうちに自分を犠牲にすることを求められた人々だ」 とした。

 日本時間の16日に枝野幸男官房長官が会見で作業員の一時待避を発表した際には、米CNNのコメンテーターが「通訳ミスであってほしい。 現場から立ち去るなどあってはならない」 と取り乱した様子をみせるなど、すでに世界が息をのんで見守る対象になっている。

 だが、「50人」 の自己犠牲に限界があるのは明らかだ。 同紙は、東電は「新たな志願を要請しているかもしれない」 との推測を述べることで、退職した技術者や、ほかの国内電力会社からの人員招集による“決死隊”の結成を暗に促した。 米CBSテレビは「死をも恐れぬ50人」 と勇気をたたえつつも、「作業が長引けば、現在の50人に代わってリスクに向き合う覚悟を持った次のチームを見つけるのはきわめて難しくなる」 と指摘している。


( 2011.12.24 )






 東京電力福島第1原発事故直後、政府の現地対策本部長を務めた池田元久前経済産業副大臣は、3月11日の事故発生から5日間を記した覚書を明らかにした。 菅直人首相( 当時 )が原発視察に訪れた際、周囲に怒鳴り散らした様子などが生々しく記録されている。 池田氏は 「現地対策本部がどう対応し、考えたか。 ありのままを記録にとどめた」 と語った。

 12日午前4時すぎ、菅氏の原発視察の連絡が入った。 覚書は当時の池田氏の違和感をこう伝える。

 「こうした災害では人々の生存の可能性が高い初動の72時間が、決定的に重要だ。 指揮官は本部( 首相官邸 )にとどまって対応にあたるべきだ ……」

 原発に到着してバスに乗り込んだ菅氏は、隣に座った東電の武藤栄副社長( 当時 )を攻め立てた。 覚書には 「初めから詰問調であった。 『 なぜベント( 排気 )をやらないのか 』 という趣旨だったと思う。 怒鳴り声ばかり聞こえ、話の内容はそばにいてもよく分からなかった」 と記されている。

 「何のために俺がここに来たと思っているのか!」
 菅氏は免震重要棟に入ると夜勤明けの作業員が大勢いる前で怒声を上げた。
 池田氏は 「これはまずい。 一般作業員の前で言うとは ……」 と感じた。

 2階の会議室でも、菅氏は第1原発のベント実施を求めて出席者に厳しく問い詰めた。 吉田昌郎所長( 当時 )は 「決死隊をつくってでもやります」。 菅氏の口調は、東電側にだけでなく、福島県の内堀雅雄副知事や班目春樹原子力安全委員長にも厳しかった。

 菅氏の振る舞いを見た池田氏は同行した寺田学首相補佐官( 当時 )に 「首相を落ち着かせてくれ」 と頼み、同席した関係者に 「不快な思いをさせてしまった」 と陳謝したという。

 当時を 「戦場の指揮官のような心境だった」 と振り返る池田氏は、最高指揮官だった菅氏の言動について 「僕もあきれた」 と述懐する。 覚書には 「指導者の資質を考えざるを得なかった。 指導者は短い時間であっても沈思黙考することが大事だ。 大局観をもって事にあたらなければならない」 と記している。

 原子力安全・保安院などの対応については 「冷戦後いわれたデタント( 緊張緩和 )ぼけに陥っていた」 「何となく原子力安全神話のムードに包まれていた」 と指摘している。

 池田氏は5月19日に体調を崩して入院したが、菅氏は国会で追及されるまでこの事実を公表せず、10日間以上も現地対策本部長が不在となった。 7月には菅氏は池田氏を経産副大臣から更迭し、中山義活政務官を昇格させようとしたが、国対の反対で撤回している。




 これは、当時現地対策本部長だった池田元久氏が現場で自ら見聞きしたことを整理し、今月19日に 「福島原子力発電所事故3月11日~15日 / 2011年 メモランダム = 覚え書 」 という10枚のペーパーにまとめたものです。

 池田氏は事故発生から数ヶ月間は取材を断ってきましたが、9ヵ月がたったのでそろそろありのままを伝えたいと考えたのだそうです。 その内容は、よりそのときの雰囲気を正確に生々しく伝え、参考にしてもらうため、菅直人前首相が福島第1原発を視察した12日の部分を、そのままここに書き写してみようと思います( ※は注 )。以下は池田氏の文です。

【 3月12日(土) 】
 現地には、保安院の福島第1発と第2原発の原子力保安検査官事務所の検査官の他、東電、地元消防職員が集まっていた。

 直ちに横田第1原発原子力保安検査官事務所長から、原発( プラント )の状況について聴く。 しかし、原子炉内の温度、圧力、水位などのデータは計器の故障などにより、計測不能のものが多かった。

 電話の連絡も容易でない状態。 ようやく繋がった衛星電話で海江田経済産業大臣に現地到着を報告した。

 海江田大臣らが午前3時にベント実施について記者会見をするという連絡が入った。

 内堀雅雄福島副知事、黒木審議官、ヘリコプターに同乗してきた原子力安全委員会の職員らと協議した。

 事故対応ではベントは 「定石」 であるとしても、ベントを実施した場合、周辺住民に与える影響は大きいので、データをできるだけ正確、迅速に把握するよう東電の吉沢班長、横田所長に指示した。

 松永次官に電話し、ベントに関連しプラント( 発電所 )のデータ把握に努めていること、ベントは一義的には事業者の判断で行うべきことを伝えた。

 午前2時半前、東電班長より1号機の原子炉のデータ( 格納容器の圧力上昇など )の報告を受け、ベント実施を了承した。

 午前4時過ぎ、菅総理大臣が福島第1原発を視察するとの連絡が入った。 未だかつてない原発事故の現場を観たいという気持ちは分かる。

 しかし、今回の大震災は原発だけではない。 稀に見る大津波、地震であり、テレビ画面が繰り返し伝えるように、家、建物、船が流され、そこに居た人々の安否が気遣われる状況だ。 こうした災害では、人々の生存の可能性が高い初動の72時間が、決定的に重要だ。

 指揮官は本部に留まって、人命の救出に全力を挙げ、同時に通信手段の整っている本部で原発事故の対応にあたるべきだ。
 また、どうしても現地視察に来るのであれば、重責を担っている本部長( 総理 )に万が一のことがあってはならないので、視察先は第1原発ではなくオフサイトセンターにすべきだと考えた。

 このような考えを黒木審議官に東京に伝えるように言った。 ( しかし後で聴くと、現地対策本部長の見解は保安院止まりで、総理には届かなかったようだ。 )

 午後( ※午前の誤記? )7時10分過ぎ、福島第1原発のグラウンドで黒木審議官、内堀副知事、武藤栄東電副社長とともに菅総理を出迎えた。 一行はそばに待機していたバスに乗り込んだ。 前から2番目窓際に総理、その隣に武藤副社長、後ろの座席に班目春樹原子力安全委員会委員長に座ってもらい、通路を挟んだ反対側に現地対策本部長が座った。 総理は武藤副社長と話し始めたが、初めから詰問調であった。 「なぜベントをやらないのか」 という趣旨だったと思う。 怒鳴り声ばかり聞こえ、話の内容はそばに居てもよく分からなかった。

 免震重要棟に玄関から入った。 交代勤務明けの作業員が大勢居た。

 「何の為に俺がここに来たと思っているのか」 と総理の怒声が聞こえた。 これはまずい。 一般の作業員の前で言うとは。

 2階の会議室で菅総理は武藤副社長、吉田昌郎第1原発所長から、事故の状況説明を聞き、特に第1原発のベントの実施を強く求めた。 吉田所長は総理の厳しい問い詰めに、 「決死隊をつくってでもやります」 と答えた。

 やりとりの合間に、黒木審議官は、第2原発にも原子力緊急事態宣言を発令することと、3キロ圏内の住民に対して避難の指示をすることについて総理の決裁をとった。

 また、総理は、県副知事に対して、住民へのヨウ素剤配布などについて質問した。 東電側にだけでなく、副知事や班目委員長に対しても総理の口調は厳しかった。

 総理は会議室を出てから、現地対策本部長の背中に手を置き 「頑張って」 と激励した。 しかし、総理の態度、振る舞いを見て、同行した旧知の寺田学補佐官に 「総理を落ち着かせてくれ」 と言わざるを得なかった。 また、政権の一員として、同席した関係者に 「不快な思いをさせた」 と釈明した。

 視察を終わって、総理がこの時期に現地視察をしたことと、現地での総理の態度、振る舞いについて、指導者の資質を考えざるを得なかった。 かつて中曽根総理が在任中、座禅を組んだことを思い出した。 座禅などを組まなくてもよいが、指導者は、短い時間であっても、沈思黙考することが必要だ。 思いをめぐらせ、大局観をもって事にあたらなければならない。 そして、オーケストラの指揮者のように振る舞うことが求められる。( 以下略 )

 …… 池田氏は 「僕もあきれた」 と語っていましたが、 これからもっと、いろんなことが明らかになってくるのでしょうね。 菅氏自身は、国会の事故調査委員会で責任追及されかねない立場なので、 「共犯者たち」 を動員して必死の自己弁護を続けるでしょうが。 往生際の悪さでは、天下無双ですしね。

 菅氏のこうした常軌を逸した言動については、たびたび報道があります。 でも、やはり政権内の当事者の証言は重いはずです。 みんなの党の渡辺喜美代表は 「場合によっては牢屋に入れる必要がある」 と語りましたが、全く同感です。
    
 調
 
 

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