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( 2011.04.26 )

 
  


 東京電力の清水正孝社長が、福島第1原子力発電所が深刻な事故に見舞われた3月11日の東日本大震災当日、出張先から東京に戻るため航空自衛隊の輸送機で離陸後、防衛官僚の判断でUターンさせられていたことが25日、分かった。 被災地救援を優先させるべきとする北沢俊美防衛相の意向をくんだ過剰反応ともいえる。 しかも、輸送機がいったん離陸したことは北沢氏に報告されておらず、官僚との間で十分な意思疎通が図れていなかったことが、結果的に清水社長を足止めする原因となった。

 清水社長が都内の本店に戻るのは翌12日午前10時までずれ込み、防衛省内には 「離陸した輸送機をUターンさせるロスを考えれば、そのまま飛行させるべきだった」 ( 幹部 )との指摘もある。

 自衛隊関連行事での民間人の政権批判を封じた昨年11月の防衛事務次官通達をはじめ、防衛省・自衛隊は民主党政権から 「政治主導」 の圧力を受けていたが、危機管理の重要局面でいびつな関係があらわになった形だ。

 清水社長は震災当日、関西に出張中で、奈良市の平城宮跡も視察した。 東電によると清水社長は午後3時ごろ、帰京すると伝えてきたが、東京に向かう高速道路が通行止めとなり、奈良から名古屋まで電車で移動。 名古屋空港から東電グループの民間ヘリで帰京しようとした。 だが、航空法の規定でヘリは午後7時以降は飛行できなかった。

 防衛省によると、午後9時半ごろ、首相官邸にいた運用企画局長に対して、清水社長を空自輸送機に搭乗させるよう要請があった。 官庁間協力に基づく、経済産業省からの働きかけとみられる。

 清水社長は名古屋空港と同じ敷地内にある空自小牧基地からC130輸送機に搭乗。 11日午後11時半ごろ入間基地( 埼玉県 )に向けて離陸した。

 防衛省では同じ11時半ごろ、運用企画局事態対処課長が北沢氏に 「東電の社長を輸送機に乗せたいとの要請がある」 と報告。 北沢氏は 「輸送機の使用は( 東日本大震災の )被災者救援を最優先すべきだ」 と強調した。

 これを受け、事態対処課長は統合幕僚監部などを通じ、空自部隊に清水社長を搭乗させないよう指示しようとしたが、すでにC130は離陸していた。 ただ、離陸直後だったため、課長は即座にUターンするよう求めた。 同機は離陸から約20分後にUターンし、12日午前0時10分ごろ小牧基地に着陸した。

 課長は清水社長が搭乗したC130が離陸し、それをUターンさせたことを北沢氏に報告していなかった。 北沢氏は最近までこうした事実関係を把握していなかった。

 課長は 「大臣指示を受け、災害派遣医療チーム( DMAT )など人命救助のための人員輸送を最優先すべきと判断し、Uターンを求めた。 判断は適正だったと考えている」 と述べた。

 清水社長は12日早朝、チャーターした民間ヘリで名古屋空港を離陸し、本店に到着したのは午前10時ごろだった。 清水社長が不在の間、第1原発では原子炉内の水が失われ炉心溶融が進む一方、原子炉内部の放射性物質を含む蒸気を外部に逃す 「ベント( 排気 )」 と呼ばれる措置も遅れた。





( 2011.04.26 )

 


 枝野幸男官房長官は26日午前の記者会見で、東京電力の清水正孝社長が、東日本大震災が発生した3月11日夜、航空自衛隊小牧基地( 愛知県 )から輸送機を利用して東京に戻ろうとしたもののUターンさせられたことについて 「北沢俊美防衛相は( 輸送機の使用について )被災者救援の輸送を最優先すべきだと指示していた。 被災者救援に総力を挙げていた状況だったので、防衛相の指示は妥当だった」 と明言した。

 清水社長が東電本店に不在だったことが福島第1原子力発電所事故の対応に影響したかどうかを聞かれると 「名古屋 ― 東京間は車を飛ばしても走れる状況だ。 なぜ、自衛隊に頼んだのか。 自衛隊機が飛ばないなら自動車を飛ばすのは当然で、常識ではないか」 と、清水社長の判断に大いに問題があると激しく批判。 清水社長を輸送機に乗せようとした自衛隊に対しても 「防衛相の決裁を受けずになぜいったん飛び立ったのか、逆に不思議だ」 と、強い不快感を示した。

 枝野氏は一連の動きについて、清水社長が小牧基地に戻った後に報告を受けたとした。
 枝野幸男官房長官は、当時の鉄道状況・道路状況をまったく把握しておらず、勝手なことを言い放っている。




( 2011.04.26 )


 東京電力の清水正孝社長が、東日本大震災が発生した3月11日夜、出張先の関西から東京に戻る途中、いったん航空自衛隊小牧基地( 愛知県 )をC130輸送機に乗って離陸しながら、北沢俊美防衛相の指示を受けてUターンしていたことが26日分かった。 清水社長の自衛隊機搭乗は経済産業省からの依頼とみられるが、北沢氏は正式要請はなかったとしている。 また、北沢氏の許可なく輸送機は離陸しており、自衛隊の判断に疑問も出ている。

 防衛省によると、11日午後9時40分ごろ、首相官邸の緊急参集チームに詰めていた同省の桜井修一運用企画局長から 「清水社長を航空自衛隊の輸送機で東京に運べないか」 と要請があった。 これを受ける形で、清水社長は午後11時半ごろ、空自小牧基地からC130輸送機に乗り、入間基地( 埼玉県 )に向けて離陸した。

 ほぼ同じころ、要請の事実を伝えられた北沢氏は 「被災地への救援活動を最優先にすべきだ」 と指示。 これを受け同省は午後11時46分に輸送協力に応じないよう伝えたが、すでに離陸しており、急きょ引き返したという。 同機は12日午前0時13分に小牧基地に着陸。 その後、災害派遣の医療チームの運搬活動にあたった。

 北沢氏は26日の閣議後会見で 「連絡の行き違いがあったとは聞いている。 しかし、新幹線が動き、高速道路が閉鎖されていない中、対応する道があったのではないか。 正式な官庁間協力の要請はなかった」 と述べた。

 これに関連し枝野幸男官房長官は26日午前の記者会見で 「防衛相の指示は妥当だった。 自衛隊も、大臣の決裁を受けずに飛行機がいったん飛び立ったのは不思議だ」 と述べ、自衛隊の行動に疑問を呈した。





( 2011.04.26 )



―― 報告を受けたのはいつだったのか?
  「だから、戻ってきたということで、『それなら、高速道路も動いているよね』というような話はした記憶がある。 だから、飛行機が離陸したけれども、一方では防衛相から被災者の救援を優先すべきだという指示もあったので戻ったということについては、戻った後、何分後かというのは、正確には覚えていないが、そういう経緯があったということの報告は少なくとも危機管理センターにはある」

―― 結局、東電の社長がこの日のうちに東京に戻れなかった。 首相や官房長官は 「東電との意思疎通が図れなかった 」 との趣旨のことを何度も言っているが、結局、東電の社長を東京に戻さなかったことも一因になっていると考えられないか?
  「東京電力の社長が、被災地ではなく名古屋におられた。 逆に言うと、少なくともその時点で東名高速とか東海道のラインの交通インフラが遮断されている状況ではない。 私は事務的に今のようなやりとりがあった後、報告を受けたが、なぜ東京電力の社長が動いていなくて、陸の孤島状態ならば、原発事故を抱えているので、自衛隊の飛行機を頼むことは理解できないことはないが、名古屋なので。 名古屋-東京間なので、車を飛ばしても走れる状況なので。 なぜ自衛隊に頼みに。 自衛隊も大臣の決裁も受けずに飛行機がいったん飛び立ったのか、という方が私は不思議に思う」

―― 逆に国から、早く上京しなさいという指示は出せなかったのか?
  「当然そうするものじゃないか。 民間企業の東京電力の社長が名古屋におられて、一刻も早く帰るべきだ、一刻も早く帰りたいから、当然、震災の状況はご承知だろうから、飛行機による救援、救難をお待ちの方が東北地方に沢山おられる状況の中で、自衛隊機を飛ばしてくれという要請があるぐらいの状況だから、当然、自衛隊機が飛ばないのだったら、自動車を飛ばすということは、当然お考えになっていると私は思った。 むしろ、それが常識ではないか」





( 2011.04.26 )




 東京電力の清水正孝社長が、福島第1原子力発電所が深刻な状況に陥った3月11日夜、出張先から東京に戻るため航空自衛隊輸送機で離陸した後、政府の判断でUターンさせられた問題で、枝野幸男官房長官と北沢俊美防衛相は26日の記者会見で 「清水氏は陸路で帰京できたはずだ」 として、政府の対応に問題がなかったとの考えを強調した。 実際には、東日本大震災直後に東海道新幹線は運行停止 し、東名高速など主要道路も通行止めや渋滞 で利用できなかった。 何でも東電に責任転嫁する政権の体質 がまた浮き彫りとなった。

 枝野氏は 「名古屋-東京間は車を飛ばしても走れる状況だ。 なぜ自衛隊に頼んだのか。 自衛隊機が飛ばないなら自動車を飛ばすのは当然だ。 常識ではないか」 と強弁。 「北沢防衛相は( 輸送機について )被災者救援の輸送を最優先すべきだと指示していた。 被災者救援に総力を挙げていた状況だったので防衛相の指示は妥当だった」 と正当性を強調し、清水氏を輸送機にいったん乗せた自衛隊に対して 防衛相決裁を受けずになぜいったん飛び立ったのか、逆に不思議だ と不快感を示した。

 北沢氏も 新幹線が動いていて高速道路が閉鎖されていない中で対応する道がそれぞれあったのではないか」 と述べ、責任を清水氏に押しつけた。

 清水氏は3月11日午後、地震発生を受けて奈良市から名古屋市に移動。 その後、陸路は厳しいと判断し、空自小牧基地から輸送機に搭乗したが、約20分後Uターンさせられた。

 だが、JR東日本とJR東海によると、東海道新幹線( 名古屋 ― 品川区間 )は地震発生当時に運行中の列車が約4時間後に運転再開したのみで、他は運転を見合わせていた。 在来線の東海道本線も運行を取りやめている。

 さらに中日本高速道路によると、3月11日夜の東名高速道路は清水( 静岡県 ) ― 富士( 同 )インター間が通行止め。 中央自動車道で迂回しようにも山梨県内の2区間が通行止めとなっていた。 主要国道も大渋滞が起きており、枝野氏らの言うように 「車を飛ばす」 のは不可能だった。





( 2011.04.27 )



 東京電力の清水正孝社長が3月11日、帰京のため自衛隊輸送機で離陸した後、政府の判断でUターンさせられた問題で、自民党の国防部会は27日、防衛省から事情を聴いた。 しかし、防衛省側は輸送依頼の経緯や依頼元について曖昧な説明に終始。 出席議員から 「誰に言われたのか分からないまま飛行機が飛ぶのか」 ( 石破茂政調会長 )などと批判が相次ぎ、防衛省に経緯を調査し同部会に結果を提出するよう求めた。


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