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 東日本大震災から1ヵ月がたとうとする今も、 「安全」 どころか 「安定」 すら取り戻せない東京電力福島第1原子力発電所。 津波による電源喪失、冷却機能の停止、燃料溶融、水素爆発 ……。 次々に襲う 「想定外」 の事態に対処できず、判断ミスも重なり、危機が連鎖した。 なぜ危機を想定できなかったのか。 どこかで連鎖を食い止められなかったのか。 「天災」 なのか、それとも 「人災」 なのか。 7つの場面を検証した。

 

 「最大規模の津波を考慮してきた。 想定を大きく上回るものだった」

 東電の原子力担当の武藤栄副社長は、3月25日の会見で弁明に追われた。 想定した津波は最大5.7メートル。 実際の津波は約14メートルに達し、海面から5.5メートルの堤防をのみ込み、同約10メートルの敷地に押し寄せ、海側の発電用タービン建屋に侵入し、地下にある非常用ディーゼル発電機が冠水。 1~3号機ですべての電源が失われた。

 東電幹部は 「津波の敷地への上陸は想定していなかった」 と悔やむが、予見する機会はあった。

 平成21年6月に同原発の安全性について議論された経済産業省の審議会。 委員の岡村行信産業技術総合研究所活断層・地震研究センター長は 「約1100年前の貞観地震では内陸3~4キロまで津波が押し寄せた」 との最新の研究結果を受け、対策の必要性を強く訴えた。

 だが、東電は 「学術的な見解がまとまっていない」 と応じなかった。 岡村氏は 「精度の高い推定が無理でも備えるべきだ」 と食い下がったが、審議会も東電を支持した。

 「過剰な安全性基準はコスト高につながり、結局、利用者の電気料金に跳ね返ってくる」

 震災前に東電幹部がよく口にした言葉だ。

 国の原子力安全委員会の設計指針も、 「電源を喪失した場合、復旧を急げばいいという思想に基づいており、過大な防護への投資を求めてこなかった」 ( 関係者 )。

 安全とコストを天秤にかけた結果、危機の連鎖が幕を開けた。


 

 電源喪失により、1~3号機では、安定的に原子炉に水を注入できなくなった。 燃料棒内部の放射性物質( 放射能 )が放出する 「崩壊熱」 で水が蒸発し、水面上に露出。 熱に強いジルコニウム合金製の 「被覆管」 が溶ける1200度以上に達し、日本原発事故史上最悪の 「炉心溶融」 が始まった。

 「小さい確率の事態が全部実現すれば、炉心溶融につながることは論理的には考え得る」。 昨年5月の衆院経済産業委員会での経済産業省原子力安全・保安院の寺坂信昭院長の答弁だ。

 「多重防護の考え方で設計されており、安全性は確保されている」 とも語り、可能性はほぼゼロに近いと否定してみせた炉心溶融は、1年もたたずに現実 となった。

 原発は 「5重の壁」 を安全性の大前提としている。 燃料のウランを陶器のように焼き固めたペレットに加工し、被覆管で覆い、圧力容器に納め、格納容器で守り、建屋が囲む。

 原発安全3原則のうち 「止める」 は機能したが、電源喪失により 「冷やす」 機能が失われたことで、 「閉じ込める」 機能もすべて破られ、放射能汚染が広がった。

 原子力安全委員会は平成4年5月に電源喪失などの 「シビアアクシデント」 に対応できる備えを政府や電力会社に要請した。 だが、 「数時間後には復旧できるという考え方に基づく設計」 ( 保安院 )が見直されることはなかった。

 「電源喪失で何が起きるかを想定すれば、とるべき対策があったはずだ」。 宮健三東京大名誉教授は“想定外”は言い訳にならないと断じた。


 

 原子炉内の水が失われ、炉心溶融が進む一方、蒸気で内部の圧力が高まり、原子炉圧力容器や格納容器が、損傷する恐れが高まった。 1号機の格納容器内では一時、設計想定の5気圧の倍近い9.4気圧を計測した。

 圧力を下げるには、原子炉内部の放射性物質を含む蒸気を外部に逃す 「ベント( 排気 )」 と呼ばれる措置が必要になる。 しかし、その作業は、大きく遅れた。

 「半径3キロ以内の避難や3~10キロの屋内退避を実施しているので住民の安全は保たれる」。 海江田万里経済産業相がベントを表明したのは、12日午前3時05分。 しかし、東電が作業に入れたのは、午前10時17分。 放出が行われたのは午後2時半で、表明から10時間以上もたっていた。

 遅れの最大の理由は、12日朝の菅直人首相の視察ではなく、電源喪失だった。 東電は手作業によるベント開放に手間取ったのだ。 この間に炉心溶融が進み、圧力や高熱で圧力容器や格納容器が損傷し、 「閉じ込め」 機能が失われた可能性がある。

 実際、2号機では14日に圧力上昇を受けベントで蒸気を放出したが、海水注入の失敗も重なり、2度にわたって燃料棒が全面露出。 15日早朝に爆発が起きた。 直後に格納容器につながる圧力抑制室の圧力が急低下。 損傷し亀裂や穴が開き、そこから特に濃度の高い汚染水が漏出しているとみられている。

 「炉心溶融後にベントを行えば、放射性物質の漏出が増える。 もっと早い段階で行うのが定石だ」。 大阪大の宮崎慶次名誉教授は、着手も含めた対応の遅れを指摘した。


   

 東電がベント作業にまごつく間に、1号機の圧力容器内の水位は低下を続けた。 12日午前9時半までに燃料棒の上部55センチが露出し、午前11時20分に90センチ、午後0時35分には170センチに達した。

 電源がなくても原子炉の余熱でつくった蒸気を利用して原子炉に注水する非常用冷却システムを使い、6千リットルの真水を注入できていたため、より多くの量を確保できる海水注入には踏み切らなかった。

 しかし、午後2時12分、施設内で放射性物質のセシウムを検出。 本来は燃料棒に閉じ込められ、 「核実験か原発事故の後ぐらいしか見つからない物質」 ( 保安院 )の漏出で、炉心溶融が確実となる。 午後3時36分には1号機で水素爆発が発生。 その30分後に海水注入を発表し、午後8時20分に実行に移した。

 海水を注入すると、塩などの不純物が内部に付着して使えなくなり、 「廃炉」 の可能性が高まる。 原発は1基3千億円規模に上る建設費に加え、地元同意などで莫大なコストがかかる。 だが、建設すれば、 「減価償却が進むにつれ、安定的に利益を生み出してくれる」 ( 業界関係者 )。

 武藤副社長は3月21日の会見で、 「淡水の確保が十分でなくなったときは、比較的早い段階で海水を入れることを念頭に入れてきた」 と、注入の躊躇を否定する。

 だが、内藤正則エネルギー総合工学研究所部長は今も疑念が拭えない。

 「海水を入れたら何千億円も損をするという発想があったのではないか。 経営のことを考えて、元通りにしようという発想では非常事態には対応できない」


 

 15日午前6時、4号機で爆発音とともに火の手があがり、建屋の壁が崩れた。 4号機は震災当時、定期点検のため停止中で、原子炉内に燃料棒もなかった。 安全と思われていた4号機の爆発は、 「核燃料貯蔵プール」 の存在をクローズアップさせた。

 「事故発生の初期段階から、米国から燃料プールは大丈夫なのかとの指摘があり、現場にもそう連絡していた」。 原子力安全委員会の鈴木達治郎委員長代理は、こう明かす。

 プールには高熱を持つ使用済み核燃料が大量にある。 その数は同原発全体で1万本超( 1755トン )。 防護壁は放射線を遮る水とコンクリートの建屋しかない。 4号機には昨年11月の検査で原子炉から出したばかりの特に温度が高い燃料があることも、東電は分かっていた。

 だが、 「水があるうちは大丈夫」 と、1~3号機の原子炉の冷却を優先し、何ら手を打たなかった。

 4号機では、燃料の熱でプールの水が蒸発して水面から露出、水素が発生し爆発したとみられている。 燃料が一部溶融し、放射性物質が外部に直接漏出したとみる専門家もおり、原子炉の冷却よりもプールへの放水が、 「今は最優先」 ( 保安院 )と、位置づけが逆転する。 放水には自衛隊ヘリや消防車、東京消防庁ハイパーレスキュー隊の特殊車両などを総動員。 放水中は、外部電源の復旧作業が中断された。

 「事故発生直後から気をつけていれば、もっと早く収束できたはずだ」。 鈴木氏は、東電のプール放置が復旧を大きく遅らせたと指摘した。


 

 「見たくもないような数字だ」。 保安院の西山英彦審議官は3月27日の会見後に、2号機タービン建屋地下にたまった汚染水が放つ放射線量に顔をしかめた。

 線量計の針はかざした瞬間に最大値の1時間当たり1千ミリシーベルトを振り切った。 今回の事故に限り引き上げられた緊急時作業員の年間被曝線量限度の250ミリシーベルト( 通常は100ミリシーベルト )の4倍。 放射能濃度は、通常運転時の原子炉内の水の約10万倍に達した。

 24日に足が水につかる状態で作業をしていた3人が被曝し、初めて汚染水の存在が判明した。 汚染水の量は1~3号機だけで推計6万トン。 事故発生当時、失われたことで危機を招いた水が今は復旧の最大の障害となっている。

 汚染水の水源は、 「原子炉に注入を続けている冷却水」 ( 東電 )だ。 圧力容器や格納容器の損傷で漏出。 「トレンチ」 と呼ばれる建屋外の配管トンネルにもたまり、2号機では海に直接流出した。

 貯水場所を確保するための 「玉突き排水」 の結果、低濃度の汚染水を海に放出する前代未聞の事態に追い込まれる“泥縄”で、回収のめどはたっていない。

 タービン建屋地下には、ポンプや配電盤など冷却機能の復旧に欠かせない設備があるが、 「作業員も容易には近づけない」 ( 東電 )。

 「原発事故で漏水の有無をチェックするのは基本。 2週間もたってから汚染水の存在が明らかになったことは理解できない。 早く気づいていれば、早く手を打てた」。 宇根崎博信・京都大原子炉実験所教授は、汚染水を予見できなかったことを問題視している。


 

 東電が原子炉を100度未満の 「冷温停止」 状態にするため、全力で復旧を目指しているのが、 「残留熱除去システム」 だ。 注水だけでは、水が蒸発してしまい冷却できない。 水を循環させ、外部から海水との熱交換で水を冷やす同システムが欠かせない。 蒸気で圧力が上昇し原子炉が危険な状態になったり、漏出によって汚染水が増え続けるといった 「悪循環」 を断ち切る切り札でもある。

 だが、重要設備のあるタービン建屋地下の高濃度汚染水の存在で、復旧作業は事実上中断したままだ。 汚染水を除去しないと、故障や損傷の有無も確かめられない。

 「原子力技術者は融通がきかず、既存設備に固執しすぎる。 広く知恵を借りるべきだ」。 復旧作業にかかわるゼネコンの幹部は、こう苦言を呈する。

 そもそも、頑丈な圧力容器や格納容器が損傷しており、通電しても同システムが動く保証はない。

 九州大の工藤和彦特任教授は 「既存設備の復旧を前提として排水にこだわっていると、いつまでもイタチごっこが終わらない」 と指摘し、外部に新たに冷却システムを構築すべきだと提案する。

 政府と東電でつくる事故対策統合本部もようやく外部構築の検討に着手したが、具体的なプランは描けていない。 既存設備にこだわった結果、貴重な時間が失われた。 復旧が長期化すれば、それだけ放射能漏れが続く。

 「東電や政府には物事の先を見通す勘をもった人間がいないのではないか」

 大阪大学の宮崎慶次名誉教授は、こう総括した。






~ドキュメント~
【11日】
14:46  地震発生、1~3号機が自動停止
15:42  1~4号機の非常用電源が津波で喪失
16:36  1、2号機の緊急炉心冷却装置が使用不能に
19:03  政府が原子力緊急事態宣言を発令
21:23  半径3キロ以内の住民に避難、10キロ以内に屋内退避指示
【12日】
0:49  1号機の圧力上昇
3:05  政府がベントによる蒸気放出を表明
5:44  避難指示区域を半径3キロから10キロに拡大
6:14  首相が陸自ヘリで原発視察に出発
9:30  1号機の水位低下
10:17  1号機でベント作業着手
14:12  原発周辺でセシウム検出
14:30  1号機でベントによる蒸気放出
15:36  1号機で水素爆発
18:25  避難指示区域を半径20キロに拡大
20:20  1号機に海水注入
【13日】
8:00  3号機の水位が低下
9時台  3号機にホウ酸水を注入
9:20  3号機でベントによる蒸気放出
13:12  3号機に海水注入
【14日】
6:50  3号機の圧力上昇
11:01  3号機で水素爆発
12:00  2号機で水位低下
13:52  2号機の給水停止、圧力上昇
18:22  2号機で燃料棒一時全面露出
19:20  2号機に海水注入
23:20  2号機で再び全面露出
【15日】
4:08  4号機の核燃料貯蔵プールの温度が84度に上昇
6:00  4号機プール付近で爆発
6:14  2号機から爆発音、圧力抑制室に損傷か
9:38  4号機で出火を確認
11:00  半径20~30キロ圏内の住民に屋内退避を指示
【16日】
5:45  4号機で再び火災確認
8:37  3号機から白煙確認
17:24  自衛隊ヘリ放水を断念
【17日】
9:48  自衛隊ヘリが3号機に放水開始
19:35  自衛隊消防車が3号機に放水開始
【18日】
10:30  2号機タービン建屋で毎時500ミリシーベルト計測
【19日】
0:30  東京消防庁のハイパーレスキュー隊が放水開始
13:30  2号機に外部電源接続
14:10  東京消防庁が屈折放水塔車から7時間放水を開始
【20日】
8:21  自衛隊の放水車が4号機プールへの放水開始
13:00  3号機で圧力上昇、蒸気の直接放出の検討公表
14:30  5号機が冷温停止に
15:05  2号機のプールに外部ポンプで注水開始
19:27  6号機が冷温停止
【21日】
6:37  自衛隊の放水車など13台が4号機プールに放水開始
15:55  3号機から黒煙確認
【22日】
10:35  3、4号機に外部電源接続、すべて通電可能に
22:43  3号機の中央制御室の照明点灯
【23日】
4:00  1号機原子炉の温度が400度に上昇
10:00  4号機プールに生コン圧送機で注水開始
【24日】
12:10  3号機地下で作業員3人が被曝
【25日】
1:30  保安院が放射線管理の改善指示
6:00  1、2、4号機で白煙
【26日】
10:10  2号機原子炉への注水を海水から真水に切り替え
【27日】
15:30  東電社員が1~3号機の配管トンネル内に汚染水を確認
【28日】
1:00  2号機地下の水の濃度が通常の10万倍と発表
23:30  敷地内でプルトニウムを検出と発表
【1日】
15:00  放射性物質の飛散防止のため合成樹脂を散布
【2日】
9:30  2号機ピット付近からの汚染水流出を確認
【3日】
13:47  汚染水流出防止で吸水ポリマーなど投入
【4日】
19:03  集中廃棄物処理施設の低濃度汚染水を海に放出
21:00  5、6号機の低濃度汚染水を海に放出
【5日】
14:15  2号機ピットに水ガラス注入
【6日】
5:38  高濃度汚染水の流出が止まる
【7日】
1:30  1号機に水素爆発防止の窒素注入開始
23:32  最大の余震が発生
【8日】
0:10  東電が会見で、 「新たな異常なし」 と発表








 今の時点で最も事実に近いと思われる経過はこうだ。
 3月11日午後7時過ぎ。 官邸に原子力災害対策本部ができた時、原発から5キロの場所に現地対策本部が作られた。 原子力防災マニュアルでは現地本部が対策の中心だ。 SPEEDIを使って住民の避難区域案を作るのもここの役割だった。
 しかし現地本部は地震の揺れで通信回線が途絶していた。 要員の集まりも悪い。 とうてい、避難区域を検討できる状態ではなかった。
 現地本部が機能しない場合、避難区域を考えるのはどこか。 意図しないまま、保安院と官邸で重大な勘違いが生じていた。
 東京・霞が関。 経済産業省別館3階にある保安院の緊急時対応センター( ERC )は、避難区域の案を作るのは自分たちしかいないと確信していた。 官邸に置かれた対策本部の事務局は保安院であり、その中核がERCだからだ。
 放射線班が避難区域案作りを担当し、原子力安全技術センターに注文してSPEEDIの予測図をはじきだそうとした。 住民の避難には放射性物質の拡散予測が欠かせない。 班員らは必死だった。
 一方、官邸5階に陣取る対策本部の中枢は違う考えを持っていた。 現地が機能しなくなった以上、自分たちが避難区域を決めるほかない。 官邸中枢はERCの存在を認識できないほどあせり、混乱していた。
 時刻は11日の夜9時前後。 ERCと官邸で、別々に避難案づくりが進んでいた。


 

 3月11日午後9時12分、経済産業省別館にある原子力安全・保安院のERC( 緊急時対応センター )は、独自に注文した1回目のSPEEDI( スピーディ )予測図を受け取った。

 SPEEDIは放射性物質の拡散を最大79時間先まで予測できる。 その能力をフルに使って将来の拡散範囲を予想し、危険地域にいる住民を避難させなければならない。

 放出された放射性物質は風に流されるため同心円状には広がらないのが常識だ。 何時間後、何処に汚染が広がるか。 ERCはSPEEDIの予測を続けて汚染区域を見極めようとした。ところが ……。

 その矢先の午後9時23分。 原子力災害対策本部長の管直人は同心円状の避難指示を発する。 原発から3キロ圏内の住民は避難、10キロ圏内の住民に屋内退避、という内容だった。

 対策本部の事務局は保安院が担当し、その中核はERCだ。 そこには全く連絡が無いまま、いきなり結論だけがおりてきた。 官邸中枢が独自の判断で決めたのだ

 避難区域の案を作っている最中に、一体どうしたことか。 ERCは驚き、室内は騒然とした官邸中枢が避難区域を決めてしまった以上、自分たちに役割はないそう即断し、この段階でERCは避難区域案づくりをやめてしまう

 官邸中枢が発した避難指示は12日午前5時44分に原発から10キロ、同日午後6時25分に20キロと広がっていった。 いずれも同心円状だった。

 ERCは16日までに45回もSPEEDIの計算を繰り返すが、それは避難区域を決めるためではなく、官邸中枢が決めた避難区域について検証するためだった。

 同心円状に広がらないのは原子力防災の常識なのに、同心円状に避難指示が出る。 そのおかしさを感じながらERCはそれを追認した。 発せられた避難指示を否定する根拠がない以上、追認が妥当と考えた。

 その後、政府はこう強調した。 放出された放射能量が不明だったのでSPEEDI予測はそもそも役に立たなかったのだ、と。 RCがSPEEDIを使って避難区域案を作ろうとしていたことは伏せられた

 同心円状の避難指示で最も矛盾が生じたのは、20キロ圏外にある放射線量の高い地域だった。 SPEEDIの予測図では20キロ圏をはるかに超え、北西方向に高線量地域が伸びていた。


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