の話を集めてみました。
































~( 2009.03.09 )
?( 2009.07.06 )
. 算( 2009.08.05 )
か( 2009.08.14 )
る( 2009.08.19 )
」 ( 東亜日報 2009.08.23 )
  ~( 2009.08.31 )
北朝鮮 」( 2009.09.06 ) 去( 2011.12.20 )
発( 2009.09.08 )
( 2009.09.16 )
為替不介入 に( 2009.09.17 )
暗 
 重  乱( 2009.09.19 )
 志( 2009.09.20 10:17 )
相  解( 2009.09.21 )
に  想( 2009.09.22 )
談  」( 2009.09.22 )
ー  想( 2009.09.22 )
」  ( 2009.09.22 )
減  」( 2009.09.22 )
案  」( 2009.09.25 )
」  束( 2009.09.25 )
>   へ( 2009.09.25 )
ち( 2009.09.26 )
」( 2009.09.27 )
」  相( 2009.09.27 )
撃  声( 2009.09.28 )
新政権の課題  情報持てば脱官僚も( 2009.09.28 )
相  唆( 2009.9.29 )
案  !( 2009.09.29 )
鳩山政権発足前後の主な動き( 2009.10.01 )
江田参院議長  」( 2009.10.02 )
は( 2009.10.03 )
」( 2009.10.06 )
」( 2009.10.07 )
首相「故人献金」 未訂正分も虚偽記載( 2009.10.07 )
岡田外相  」( 2009.10.08 )
>  ず( 2009.10.08 )
旅( 2009.10.09 )
」( 2009.10.09 )
想  さ( 2009.10.11 )
な  」( 2009.10.18 )
な( 2009.10.19 )
唆( 2009.10.20 )
長  」( 2009.10.22 )
天皇のお言葉  い( 2009.10.23 )
 民 り( 2009.10.24 )
つ  ず( 2009.10.25 )
へ  じ( 2009.11.03 )
走  ス( 2009.11.04 )
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唆( 2009.11.04 )
 「」( 2009.11.05 )
リ  !( 2009.11.15 )
感( 2009.11.27 )
利益で7,000万円以上ですよ!
 ( 2009.11.27 )
  ( 2009.12.03 )
立( 2009.12.05 )
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 倫
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( 2009.12.10 )
へ( 2009.12.12 )
交( 2009.12.13 )
盾( 2009.12.17 )
か( 2009.12.20 )
ぬ( 2009.12.27 )
し( 2009.12.27 )
々( 2010.01.11 )
!( 2010.01.17 )
( 2010.02.14 )
 無れ( 2010.02.23 )
象( 2010.03.11 )
立( 2010.03.25 )
?( 2010.04.09 )
想( 2010.05.04 )
例!( 2010.05.13 )
 補( 2010.05.18 )
~ 即刻罷免にも値する大失言 ~
尖閣諸島は日本領土ではないと発言した鳩山首相
( 2010.05.29 )
退 ( 2010.06.03 )
( 2010.07.07 )
句( 2010.07.15 )
」( 2010.07.28 )
機( 2010.08.01 )
る( 2010.08.10 )
 ―― あい( 2010.08.27 )
 明( 2010.09.06 )
  
 「無差別連続増税」
( 2010.09.09 )
退る(2010.09.26)
  」( 2010.10.08 )
舫( 2010.10.08 )
仙谷長官は、姿か( 2010.10.17 )
”( 2010.10.22 )
交( 2010.10.28 )
る( 2010.11.02 )
 」( 2010.11.18 )
ー( 2010.12.09 )

」( 2010.12.19 )
よ( 2010.12.27 )
頂( 2011.02.14 )
仙谷由人代表代行、 人」( 2011.03.03 )
員( 2011.03.09 )
  
 置( 2011.05.16 )
 大(2011.05.25)
 説( 2011.05.26 )
任( 2011.05.26 )
園田氏の苦言 人よ( 2011.05.28 )

」( 2011.06.06 )
菅内閣発足1年 失 ”( 2011.06.08 )
 い( 2011.06.25 )
( 2011.07.01 )
金( 2011.07.02 )
議員OBの生活が第一? 納
 
原発ストレステスト 「 判( 2011.07.08 )
 雲( 2011.07.19 )
 る( 2011.07.30 )
?( 2011.08.13 )
策( 2011.08.17 )
 る( 2011.08.19 )
民主代表選 相似( 2011.08.26 )
屁( 2011.08.28 )
】( 2011.08.28 )
…… もう、やぁ~めた! ……

た( 2012.09.16 )
た( 2013.03.24 )
由( 2014.05.03 )
使国( 2014.07.17 )
か( 2014.09.29 )
 呈( 2016.12.19 )


~ 番外 ~
 言「山岡賢治」
臣( 山田正彦編 )
 → おまけ:平山誠

同僚議員のパーティーで 「ブータン国王が来て宮中で催し物があるが、私はこちらの方が大事だ」 と挨拶
[ ]
  
使
 
 






 世界は刻一刻、時に劇的に変化をする。
 日本も未曽有の大震災に泣いた。
 なのに永田町は“権力LOVE”のペテン総理を筆頭に、シーラカンスがウヨウヨ。
 「トラストーミー」 の元祖サギ総理、「だまされた」 とおかんむりだが、ご自身の 「( 議員を )やめることをやめた」 発言は忘却のかなたらしい。
 民主党はそもそも離婚しそうでしない “仮面夫婦党” だが、この度の史上サイテー茶番は、幸せな日常が崩壊してしまった被災民をほったらかしてでも、「党を壊さない」 が国益よりも上にある政党 だと国民に教えてくれた


 
 使




   

  「( 支那 )事変の目的はどこにあるかということすらまだよく国民の間には徹底しておらない」。 やじと怒号、拍手が飛び交う。 昭和15( 1940 )年2月2日、帝国議会での演説が残っている。 後に 「反軍演説」 と呼ばれる衆議院議員の斎藤隆夫の言葉である。
  「老政治家が聴衆に向って今度の戦争の目的はわからない、何のために戦争をしているのであるか自分にはわからない、諸君はわかっているか、わかっているならば聴かしてくれと言うたところが聴衆一人として答える者がなかった」
 昭和12年から始まった支那事変 ( 日中戦争 )は10万人以上の犠牲者を出し、日清戦争、日露戦争を超える戦費を費やしていた。 なぜ多大な犠牲を払い、戦争を継続しているのか。
 首相の米内光政は 「戦争と平和に関するご意見はよく拝聴致しました」 と答えるだけだった。 陸相の畑俊六はぶぜんとしたままで、戦争目的について答える大臣はいなかった。
 外務省は米国に対し、中国駐兵理由について、 「共産党の動きは活発で治安維持に有害である。 ( 中略 ) 所要期間日本軍を駐留させる必要がある」 と説明する。
 日本の安全保障のための駐留とあるが、結局のところは獲得した中国支配維持が目的だった。 日米開戦もその延長線上にあり、10万人もの犠牲を払っていることで引くに引けず、犠牲者を300万人に拡大させてしまった。
 民主党政権が誕生して2年以上が経過した。 その間、鳩山内閣、菅内閣、野田内閣と代わった。 民主党は何を目指して政権党になったのか。 政権が欲しかっただけではないのか。 少なくとも国民にはそう見えて仕方がない。

     ☆  ☆

 さらに斎藤はタイムスリップしたようなことも述べている。
  「2年有半の間において3たび内閣が辞職をする。 政局の安定すら得られない。 どうしてこの国難に当たることができるのであるか。 政府の首脳部に責任観念が欠けている。 身をもって国に尽すところの熱力が足らないからであります。 ( 中略 ) 国論の趨勢を無視し、国民的基礎を有せず、国政に対して何らの経験もない。 しかもその器にあらざる者を拾い集めて弱体内閣を組織する。 国民的支持を欠いているから、何ごとにつけても自己の所信を断行するところの決心もなければ勇気もない」
 衆院議長は軍部を批判した演説全体の3分の2を削除させ、民政党は離党勧告し、斎藤は受諾するが、議員辞職は拒否。 7日の本会議で反対7の圧倒的多数で除名される。 以後、各政党は反対派を追放する動きが加速、戦争協力体制に向かうことになる。

     ☆  ☆

  「支那事変」 をそのまま、 「東日本大震災」 に置き換えると、切歯扼腕やくわんしながらも耐える国民の状況も似ている。
 「( 支那 )事変以来国民は実に従順であります。 ( 中略 ) 官僚政治の弊害には悲憤の涙を流しながらも黙々として政府の命令に服従する。 政府の統制に服従するのは何がためであるか、一つは国を愛するためであります。 まだ一つは政府が事を解決してくれるであろう、これを期待しているがためである」
 70年前、政府や軍部、官僚は自らの利益、省益を守るために、国民に犠牲を強いた。 同じことが繰り返されてはいないだろうか。 リーダーは気骨ある政治家の言葉をいま一度かみしめるときではないだろうか。


 永田町では不思議なことが世間より頻繁に起こるようで、党首が政権離脱を宣言した舌の根も乾かぬうちに部下が閣議に出て法案にサインしても誰も怪しまない。 大半の部下が反旗を翻したのに、トップが辞めるでもなく、部下たちが脱党するでもないのも魔訶まか不思議だ。

 2年半前に結ばれた合意書には、 「消費税5%は据え置く。 選挙で負託された政権担当期間中に税率引き上げは行わない」 とある。 もし、連立を維持したまま消費税を上げるのであれば、新たな合意を結ぶ必要があり、それができないのなら連立を解消するのが筋だ。

 郵政民営化見直しを見届けるために政権にとどまる、というのが残留組の言い分だが、政治家にはもっと大事な国民との信義を守る義務がある。 政治家が筋を通さなくては民主主義は簡単に崩れ去ってしまう。






  調
    
      







 「就職を探しても、生活保護をもらった方が楽だというのは、多分に甘えている」 ――。
 東京都の石原慎太郎知事は18日、さいたま市で開かれた8都県市首脳会議で、雇用対策についての協議中に、こう発言した。 会議後、報道陣に対し、 「仕事をあっせんしても嫌だという事例があちこちから報告されている」 と発言の理由を説明した。
 石原知事の発言は、阿部孝夫・川崎市長が就職支援を8都県市で広域的に取り組むよう提案した後の意見交換。
 「自治体は国以上のきめの細かい努力をしていると思う」 などと述べた上で、 「就職を探しても、それ嫌だ、これも嫌だ、あれも嫌だ。 生活保護をもらった方が楽だという価値観、トレンドは、現場で事例を考えている自治体が国に、こういうものをどうするのかと言った方がいい」 と発言。 「甘えているところがある。 被害者意識ばかりあってね」 「生活保護を受けたいというのは、我々がやっている努力と矛盾するところがある」 と述べた。







  













サッカーの試合で震災をお祝いした民族が、日本の国会を占領?





( 2010.01.01 )
 私たちはこの新しい年に、何を期待したらいいのだろうか。
 自らが属する国家社会の在りようへの評価はあくまで世界を眺めて相対的なものだが、この国が他の先進国に比べてかなり傾斜してきているのはどうやら誰しもが感じていることに違いない。
 それは世界第二と誇っていたこの国の経済規模が、どうやら近々隣りの中国に抜かれそうだといったことなどではなしに、社会の急速な高齢化と少子化、引いては家庭の崩壊といった人間社会の根源的な構造に関する問題に関わりがあるに違いない
 日本に来て間もない外国人が東京で犬を飼う人間が多いのに驚いていたが、私の住む住宅地でも犬を連れて歩く者の多さに驚かされる。 中には着物を着せた犬を抱いて歩く者もいるが、ああしたペットヘの愛着の姿はいささか異常な気がしてならない。 あれが一種の代行だとしたなら、人々は実は何を求めながらかなわずにいるのだろうか。
 ああした現象は実は、この社会における人間の関わりが本質的に崩壊してきているという表示ではあるまいか。 そしてその原因は60年前の戦争以来、この国だけには他のいかなる国々にもあり得なかった平和の存続と緊張の欠落、それがもたらしたいたずらな物質的繁栄に依るものではなかろうか。
 その結果人々は、ギリシャのアトレウス家の神話の発端の、食欲が異常に高じるままついには果てしない飢餓感に襲われ自らの体を食いつくして死んだタンタロスのように、物欲への追求を絶対的なものとし、それを満たすことこそが幸せという迷妄のままに精神の衰弱と荒廃をきたし、それを全く顧みぬところまで自らをおとしめてしまった。
 そしてこの国の政治もまたそれへの警鐘を忘れ、それにおもねり迎合するポピュリスムに走り、この国を覆っている衰退の暗雲を払おうとはしない。
 その本質的な危機の何よりもの表示はいかなる政党も政治家も国民におもねってこの財政危機にありながら、国家経営の眼目である財政を立て直すために思い切った税制の改革を唱えることがない。 深刻な格差を生みながらますます歪んでいく社会の是正の挺子ともなる、奢侈を抑制しながら財源を生み出すはずの消費税の税率の向上は今ではタブーになってしまった。 かつては消費税に関してその対象をいかに絞るか、生活必需品の範躊をどう決めるかといった議論もあったがもうその余韻すら消えてしまった。
 福田和也氏の『 日本人は何故かくも幼稚になってしまったのか』 という論文に、『 幼稚な人間とは知能指数が低いとか、ものをよく知らないということではない。 何が肝心かということがわからない、何が肝心かということを考えようとはしない者のことだ』 という名言があったが、政治家も含めて奢侈に溺れた今日の日本人の多くはまさにそれに該当するのではないか。
 政治を武なする者たちらにとって肝心なこととは、この社会に過ごす人間にとっての義務と責任への自覚に他なるまい。 例えば社会に何かを求め期待する者としてそれに見合う税金と己の関わり。 払うべき税金も払わずに行政に過剰な期待をするという聞違いの横行、それは甘えを通り越した横暴といえる
 人間が長生きすればするほど先鋭的な問題となる医療に関しても、現行の高福祉、低負担などという仕組みが成り立ち得ないのは自明のことだが、至上の価値とされる健康、命のためと目的を絞ってでも税を構えるということすら日本の社会ではありえない。 国民皆保険という誇るべき制度は皮肉なことにそれへの評価の代わりに患者の増長だけをもたらし、医師の努力は恩恵とはとられずただの奉仕としか受け取られない荒廃の現況だ
 医療の世界に見られるいわゆるモンスター・ペイシェントと同じように、教育の世界でもそこで受ける恩恵を恩恵とせず権利の享受としかとらぬ、自分は親としてのしつけはほうり出しているモンスター・ペアレントなるものの蹴麗も医療の世界における荒廃と同じことだ。
 育児についての親の責任の放棄と教師への過剰な押しつけは、ことが重要なほど医師や教師といった専門性のある権威への一方的な押しつけ依存となり自己の責任について顧みられることもない。 そうした姿勢は子供の将来も含めて、実は自らの人生への抱負をも阻害してしまっているのに。
 こうした状況への反省は結局この先、こうした態勢がその財政的基盤の聡範によって崩壊すること以外にありえまいが、政治はその到来を恐れながらもことをいたずらに先送りするしか能がない。 これは国家官僚なる人種が培い普遍してきた、その場しのぎ先送りの通弊であって革命か決定的破綻の到来以外には修復されることはなさそうだ
 ある人はやがて到来必至のこの国の財政の破綻を国民の甘兄の所産といったが、本来甘兄というのは親と子、恋人同士といった親しい者同士の二者の関係においてありえることで、親の権威なり恋人同士の関わりの現代的な風化の中で、それに代わって国家への依存などという形でくくられるものではないはずだ。 甘えというよりも逸脱、要するに国民の幼稚化でしかない。
 ろくな税金も払わずに、平和の中の安逸のままかさんでいく己の欲望を満たさせようとする国民を政治もそれをたしなめ抑制しようともせず、常識で考えればかなつはずのない財政運営をつづけ、気づいてみれば将来への借金たる国債のGDP比はかつては哀れんでいたイタリアを抜き去り世界最悪となりはてた。 それにしてなお格差を踏まえて富める者たちの奢侈にも税金を課すこともなく、消費税率の改定は禁忌とされている。
 北欧諸国のすべての制度を是とはしないが、それでも消費税率は平均25%、所得税率は60%であって国民はそれを是としている。 その結果医療費は滞在中の外国人も無料、教育を受けるための学費は小学校から大学まで無料という高福祉となっている。 それに比べてこの国では ―。
 この国を支配してきた国家官僚の場あたりその場しのぎの通弊はいつしか国民にも伝染し、当座の受益を望んでやまぬ国民にポピュリスムに陥った政治も迎合してで当座の権勢獲得のために肝心のことを告げようとはしない。
 誰がどう考えてもこの国の財政はすでにもたなくなっているのに、少しつらい思いをしてでもここから皆して這い上がろうと説く者がいないという状況は、モルヒネで今一瞬痛みをこらえて今日一日生きられればいいという末期の癌患者の心象ともいうべきか。 しかし私たちの次の、さらに次の世代に経済の破綻壊滅の中でどう生きていけというのだろうか。
 ごくごく間近に迫っている国家社会の破綻を眼前にして、我々が今すべきことは国家を支えるための国民の責任としていくばくの税の負担、消費税率の引き上げに甘んじるという決心以外にありはしまい。
 虚飾のための高価なブランド製品を買わずに死ぬ者などいはしない。





( 2010.05.07)


 政治家の演説、予算委員会での質疑応答、記者会見でのやり取りを聞いていると、知りたいことをなかなか率直に語ってくれないので、欲求不満に陥ることが多い。 イメージのわかない抽象的な表現に終始するだけでなく、質問をはぐらかすような返答には、ときに苛立ちを覚える。

 言葉の軽さは、民主制社会のひとつの特徴のようだ。 このことは、独裁専制政治では、独裁者の言葉と一挙一動に( ときには咳払いや視線にさえ)人は敏感に反応するようになるのと対照的だ。



 権力を持つもの、権力の近くにいるものは、言葉遣いに慎重になる。 かつては京都の人々の婉曲えんきょく的で柔らかな言葉遣いは 「京都人の技巧」 あるいは 「京都文化の特質」 だとされたものだ。 しかし、近年、政治、行政、経済の中心が東京に移ってから、東京の人たちの言葉遣いに、昔の 「京都人」 に近いものを感じる。 権力の近くでは、人は用心深くなるものだ。

 一方、デモクラシーの下では、市場経済と同じく、いま、ここで、人々に強く訴えかけられるか否かが競争の雌雄を決する。 思弁的ではなく、実際的、商業的な分野の言葉が重要になり、思想よりも感情そのものを捉まえる言葉が勝利するそして魂の抜けたような言葉が累積して行くのだ

 この 「死んだ」 言葉の横行は、一般に官僚出身議員( 衆参両院83名にのぼる)の増加ゆえかと思ったが、必ずしもそうではなさそうだ。 官僚出身の政治家が質問をかわす技術には驚くが、共通感覚で語る議員も少なくないからだ。

 なぜ政治家の言葉が空疎に響くのか、特に深く考えることはなかったが、最近たまたま読んだ本によって、まさに 「目からうろこが落ちる」 ような思いを味わった。

 原題は、On Bullshit。 ブルシットは直訳すれば、 「牛の糞」 であるが、その意味は、たわ言、ナンセンスということになろうか。 著者は米国プリンストン大学のハリー・フランクファート教授である。 デカルト研究を専門とする著名な哲学者だ。



 同書は小冊子であるがなかなか鋭くて面白い。 まず、哲学者らしく 「ブルシット」 と言う概念を定義し、その応用可能性を検討する。 大事な点は、 「ブルシット」 を 「嘘」 と峻別するということだ。 嘘つきは、故意に誤った発言をするが、 「ブルシッター( たわ言をいう者)」 は真理には全く無関心なのである。 「ブルシッター」 は主に聴き手に好印象を与えることに終始し、聴き手を味方につけることにのみ関心を持つ

 嘘つきは真実を隠すが、そのためにはその真実を知っていなければならないしかし 「ブルシッター」 は自分自身の主張を押し通すことにのみ熱心なため、真理を知る必要を感じない。 したがって 「ブルシット」 は、真理にとって、嘘よりも強力な敵となるのだ。

 正確さ、確実さを徹底的に追求したデカルトの研究者だけあって、論理の展開は厳密だ。 著者はこの本のあとに 「真理について」 という著作を公にしている。

 フランクファート教授の指摘で重要なことは、人が言葉として発するものの中には、嘘でも真理でもない、第三種、すなわち 「ブルシット」 という範疇があるということ、そして現代社会がこの 「ブルシット」 に満ちているということである。



 この議論は現代日本の政治にも多くの示唆を与えてくれる。 最近の 「普天間問題」 についての首相の発言を聞いても、事態の真相を知ることはできない。 「嘘」 を言っているわけではないが、 「真実」 を語ってくれるわけでもない。 あらゆる方面への配慮で塗り固められた 「ブルシット」 が、飛び交っているだけなのである。

 無念なのは、首相自身が、そうした対応の何処に問題があるのかを自覚していないことである。 自分は謙虚で誠意に溢れた人間だと思い込んではいないか。 この思い込みは、 「嘘」 よりも始末が悪い。 それはちょうど、 「自分は正しい」 と思い込んでいる頑固者のほうが、偽善者よりもはるかに困った存在 であることに似ている。 偽善者は、少なくとも、善が何かを知っており、あたかも善意の人の如く振舞うことができるからだ。

 政治でもメディアでも、そして社会生活のあらゆる場面で、タブーや、口にしてはならない言葉が増えてきた。 それは言葉を慎むことによって、心の行儀をよくしようという期待から生まれた動きであろう。 だが結果としては、嘘でも真実でもない 「ブルシット」 の横行という事態を招いている。 「ムチの一打は傷をつくらん、舌の一打は骨を砕かん」 という。 真実そのものを述べることは、時には残酷となる。 したがって言葉を選びぬくという気持ちは常に必要だろう。 しかし いまの日本の政治には、真理でも嘘でもない 「余計な言葉」 ばかりが溢れだした という事なのだ。





( 2012.06.24 )


 つい最近、野田佳彦首相は一知半解のまま四字熟語を使っていた。 すなわち小沢一郎元代表と面会する前、心構えをこう言った。 「乾坤一擲けんこんいってき」 「一期一会いちごいちえ」 と。

 驚いた。 「一期一会」 の 「一期」 とは、その人の一生ということで、その生涯においてただ一度の出会いということだ。

 にもかかわらず、再度出会っているし、第一、党という俗人の仲間において一期一会などということは絶対にありえない。

 「乾坤一擲」 とは、大勝負をするということであって、いわば相手への宣戦布告にほとんど等しい。 そこには妥協を許さずまっすぐに自己の立場を貫く意志がある。 けれども、小沢派と大喧嘩したわけでもない。 なにが乾坤一擲なものか。

 軽いのである、ことばが。 いや、軽はずみに使っているのである、重いことばを。
 乾坤一擲だの、一期一会だの、そういう大げさなことばではなく、ごくふつうのことばを使って、まごころのもった己の信念を語ってよいのだ。 いや、語るべきなのだ。
 けれども、出てくることばは、いつも 「しっかりと」 であり 「政治生命を賭ける」 だけである。
 同語反復という内容空虚なことばをいくら重ねても、ゼロにゼロを足すだけのこと

 そういう力不足の首相が重たい小沢派を背負って、消費税増税の高い土塀をどのようにして乗り越えることができるのであろうか。 無事にその目的を果たせそうには見えない。 小沢派を背負っての塀越え姿は、それだけで不吉( 不祥 )の発生をすでに表しているのではあるまいか。





( 2010.12.09 )


 この秋、NHKで放映された“バラエティー番組”が話題をさらった。 その番組の名は、 「国会中継」。不謹慎なようであるが、参議院開設120周年の式典で秋篠宮さまに悪態をつく議員よりはましであろう。 民主党政権下の国会討論は、政治とはかけ離れた内容である。

 海上保安庁の巡視船に衝突した中国人船長が大陸に消えるミステリー仕立て、ビデオ流出の犯人探しサスペンス。 海上保安庁長官をいびり抜く昼メロ風ドラマ。 クイズコーナーでは、 「柳腰ってなーんだ」 との質問に、へらへらしているだけでまともな答えは返ってこない。 トークショーでは、 「個別案件についてはお答えを差し控えます」 「法と証拠に基づいて適切にやっています」 と2つの言葉を繰り返すだけでお笑い番組より単純だ。

 視聴者に飽きが来ないようにするためか、はたまた、出演者の演技力不足を隠すためか、オムニバス構成がコロコロ変わり、短編にまとめようとする苦心のあとがうかがえる。 すべては、仙谷由人官房長官プロデュース。 稚拙な演出に対して、多くの視聴者から 「誠実さにかける」 「倫理観がない」 と非難殺到。 脇役陣から問責決議という番組降板要請が出される始末。

 海外取材は、中国とロシア。取材許可が欲しくて相手の言いなり。 胡錦濤( 国家主席 )、温家宝( 首相 )、メドベージェフ( 大統領 )と海外スターのわがままに振り回されてロケも全く進んでいない。 司会の菅直人内閣総理大臣は、プロデューサーから渡されたカンニングペーパーを読むだけ。 せめてカンぺの内容は、ばれないようにしてください。

 視聴率ならぬ内閣支持率は、急降下。 高額のギャラが必要な悪役専門の役者さんは、強制起訴で動きがとれず出番は辞退というところか。

 そろそろ番組改編を望むところだが、次なる番組は、はたしてどのようなものができるのか。 主役をつとめるほどの役者不在は否めない。






テストをさせよう

 2月11日の建国記念の日、初代天皇、神武天皇が祀られている奈良の橿原神宮を参拝した。 祭神に向かい、二拝二拍手一拝で拝礼する。 参拝を終え、境内を見渡したが、やはり彼らの姿は一人として見えなかった。 政権与党である民主党の国会議員の誰か一人くらいは来ているかと思ったが、少なくとも私が参列した紀元祭の間は、誰とも行き合うことはなかった。
 日本の建国を祝わない国会議員 ――。 いつから日本の政界は、低レベルな議員たちがはびこる有象無象の世界になってしまったのか。 杉村太蔵はひどかった。 一国のトップでありながら、 「頻繁」 をはんざつと読むなど、漢字のできない麻生総理も恥ずかしかった。 しかしそれにも増して基礎的な知力、教養がなく、国家意識もないのが民主党の面々だ。 その最たるものが、目下、防衛大臣という重責を担いながら、頓珍漢な受け答えでサンドバッグ状態に陥っている田中直紀大臣である。 安保問題の専門知識だけでなく、自衛隊を合憲とする憲法解釈を 「私は理解しておりません」 と言い放つなど、政治家なら誰もが知る常識を知らないのだから話にならない。 国家観がない連中が政権を弄んでいるから、こんな人物が防衛大臣になってしまう。
 「他で就職ができない」 「今なら民主党から立候補すれば、代議士になれる」 09年の総選挙で当選した議員の中に、こんなことを平気でロにする人間を複数知っている。 「国民が主役」 の売り言葉で大量当選を果たした政党だから、 「日本を愛し、国を守る」 なんて意識は毛頭ない。 ほとんどの人間が古事記や日本書紀を読んでおらず、日本という国の成り立ちすら知らないのだ。 建国記念日に橿原神宮参拝者が見当たらなかったのも当然だろう。




 今の日本が危機的状況にあることは論を侯たない。 早急に政治家の質をあげるシステムを構築することが肝要だ。 そこで提案したいのが、現職議員や議員を目指す人にセンター試験のような試験を課すことである。 国家公務員試験のように、Ⅰ種、Ⅱ種、Ⅲ種と段階をつけるのはいかがか。 Ⅲ種試験に合格すると、晴れて立候補できる有資格者となれる。 副大臣や政務官になりたければ、Ⅱ種に合格しないといけない。 最後の難関、I種は、大臣になるための資格だ。 Ⅲ種合格を立候補の絶対条件とすることが憲法上まずいというなら、Ⅲ種がないと、Ⅱ種、I種は受けられない規則にすればいい。 つまり試験を受けたくない人は、一生、ヒラ議員で終わることになる。 これは選挙民への良い判断材料にもなるだろう。
 さて問題の試験の中身だが、登竜門となるⅢ種では、まず日本が自立するための憲法問題を問いたい。
 それと語学能力だ。 きちんと漢字の読み書きができるか、国語を課す。 外国との交渉も担うわけだから、最低限の英語力も必要。 あとは選択制で第3外国語も課せればベストといえる。
 また日本の成り立ちから近現代史に至る歴史( 国史 )も必須にする。 くわえて、 「国家とは何か」 「主権とは何か」 という概念への知識や意識をはかるため、領土問題や外国人参政権問題などをテーマにした議論や論文も課すべきだ。 こうすれば、自ずと日本の文化や伝統を理解し、国防意識を持つ人間のみが国民を代表する国に生まれ変われる。
 Ⅱ種試験からは、対外的な交渉能力が問われる。 ここでは過去の内外の政治についての知識も質したい。 たとえば、イギリスでチャーチル首相が高く評価されているが、チェンバレンがダメだったのは何故かなど。
 I種ともなれば、さらに高度な対外交渉を実践させたい。 利害の絡む外国の有力政治家を呼び、テレビ中継で国民注視の中、議論を戦わせる。 これをポイント制にし、手ごわい相手に日本の国益となる展開に持ち込めれば、1ポイント、逆に国益を失えば、マイナスにする。 これで一定の点数を得れば合格とする。
 これなら日本を守る信念のない人は大臣に就けなくなる。 いずれにしろ種を課した段階で 谷亮子横峯良郎その他のタレント など人気だけで当選するような数合わせ議員を激減させられること請け合いである。

政治家の資質について

 政治家になるべき人間の資質について、きわめて明瞭に語りつくしたのがマックス・ヴェーバー( 1864~1920年 )の講演録 『職業としての政治』 である。

 政治家は権力を扱う職業だ。 その権力は 「国家による正当な物理的暴力行使の独占」 に支えられている。 こうした特殊な職業にはどのような倫理が求められるのか?

 政治家は情熱、責任感、判断力の3つを持つべきだとヴェーバーは言う。 情熱とは興奮ではなく現実に向かい合う熱意である。 現実をあるがままに受け止め、事物と人間に対して距離を置いて判断する。 こうした熱意と冷静さを一つの魂の中で結びつけることが政治家の仕事である。

 一方、政治家になってはいけないのは 「距離を見極めることができない人間」 だ。 彼らは革命、改革といった派手な言動に酔い、虚栄心に溺れ、過去の判断に責任をとらない。 こうした 「権力をかさに着た成り上がり者の大言壮語」 「知的道化師のロマンティズム」 「権力に溺れたナルシシズム」 こそ政治を堕落させるのである。

 加えて言えば、彼らは幼稚である。 政治に必然的に付随する悲劇性、現実世界の不条理が理解できないがゆえに、そこから目をらし単純な正義を声高に叫ぶ。

 ヴェーバーは言う。

 「善からは善のみが、悪からは悪のみが生まれるというのは、人間の行為にとって決して真実ではなく、しばしばその逆が真実であること。 ( 中略 )これが見抜けないような人間は、政治のイロハもわきまえない未熟児である」

 無差別的な愛の倫理を貫けば 「悪しき者にも力もて抵抗てむかうな」 となるが、政治家に求められる倫理は逆である。 彼らは暴力の行使により 「悪しき者」 に抵抗する義務を持つ。 さもなければ、悪の支配の責任を負わなければならない。 そうである以上、政治家が単純な平和主義を唱えるのは犯罪行為に近い。

 正しい選択がよい結果を生み出すとは限らない。 にもかかわらず、政治家は信念を持って判断を下さなければならない。 こうしたジレンマをどう乗り越えればいいのか?

 それは判断の結果に全責任を負うことである。 「この世のいかなる倫理であっても、多くの場合において 『善き』 目的を実現するには、倫理的にいかがわしい手段や、少なくとも倫理的に危険な手段を利用せざるをえない」 とヴェーバーは言う。 そこには 「悪しき副産物」 が発生する可能性もある。 政治を職業として行う者は、この 「倫理的なパラドックス」 を考慮に入れた上で、 「それにもかかわらず!」 決断を下すしかない。 全体を見据えて現実に踏みとどまり、責任逃れの回路を自ら断つ人間。 そして責任倫理に従って行動する人間。 ヴェーバーは政治家になるべき 「成熟した人間」 をこのように規定した。 現在わが国に蔓延はびこるのはこれと正反対の心情である。 大言壮語で世情におもねり、失政に対する自己弁護と責任転嫁に奔走する政治家、非現実的な理想論を声高に叫ぶポピュリスト、平気な顔で前言を翻すデマゴーグ ……。 彼らが離合集散を繰り返せば、悪の支配を準備することになる。 ちょうどこの講演が行われた1919年のドイツのように。




( 2012.04.04 )
 

 東日本大震災から1年が過ぎた。 しかし、いまだに復興は進んでいない。 政府の対応の遅さは、なにも震災の復興に限ったことではない。 沖縄・普天間基地の移転、TPPへの対応、中国・北朝鮮との外交 …… いろいろな場面で、日本政府の決断力のなさがいっそう事態を悪化させているようにみえる。 多くの国民は、すでに民主党政権に愛想をつかしているだろうが、このような日本の政治を、アメリカはどう見ているのだろうか。

 日本に対するアメリカの本音をはっきり述べた本が話題になっている。 「沖縄はゆすりの名人」 発言をしたという報道で更迭された、元国務省日本部長のケビン・メアさんの著書 「田原総一朗責任編集 自滅するな日本」 ( アスコム刊 )である。

 そもそも、沖縄の基地問題の混乱は、鳩山元首相の 「最低でも県外」 発言が発端だ。 この発言には、当時、国務省日本部長だったメアさん自身 「アホか」 と思ったという。 普天間基地の移転問題は、日米両政府が10年の歳月をかけて合意してきたものである。 それを民主党政権は、 自民党が決めた合意であり、政権交代をしたのだから従う必要がない、と言ったのである。 アメリカも共和党と民主党の2大政党間で政権交代を繰り返している。 その度に国家間の取り決めを白紙にするなんてことはありえない。 しかも、 「腹案がある」 はずの政府の提案は、それまですでに検討されつくしてボツになった案ばかり。 メアさんが呆れるのも無理はないだろう。

 TPPについても、アメリカの押しつけだという意見が日本では強い。 しかし、当初、アメリカ政府内では日本の交渉参加はジャマになるだけだ、決断できない日本を交渉に入れると、ズルズルと時間だけがたち、交渉がまとまらないから、日本の参加を歓迎すべきではない、という意見があったという。 このように、沖縄の問題にしてもTPPにしても、本来日本政府が国民にすべき説明をしっかりしないで、アメリカが決めたせいにして、それを口実にずっと言い逃れをしている。 何も決断しない、何も実行しない日本の政治に、アメリカはしびれを切らしているのだ。

 日本が、これまで幾多の困難を乗り越えてきたように、今度もまた国民が力を合わせて前へ歩いていくのか、あるいは、自滅への道を進むのか。 道筋を決めるのは私たち自身である。 今、何を議論し、どう決断すべきか、決める時期にきている。









( 2012.07.06 )


 消費税増税法案をめぐり政界で混乱が続いている。 社会保障と税の一体改革を目指す野田総理に対し、衆院の採決では72人が造反。 民主党は分裂した。 こうした中、 「国民の皆さんが納得しない」 「増税は民意に背く」 などと言い出す議員まで現れた。 愚の骨頂である。 そもそも、政治家は政策決定において、安易に民意に従ってはならないのだ。 政治家は有権者の御用聞きではない。 政治家がやるべき仕事はただ一つ。 議会で議論することである。 移ろいやすい民意、熱しやすい世論から距離を置き、過去と未来に責任を持ち、冷静な判断を下すことである。 わが国の将来にプラスになるなら増税すべきだし、マイナスになるなら阻止すべきである。

 その際、民意は関係ない。

 「民意に従う」 「国民の判断を仰ぐ」 ことが正しいなら、すぐにでも議会を解体して、すべての案件を直接投票( 民主主義 )で決めればいい。 現在では技術的にそれは可能だ。 しかし同時にそれは、政治の自殺を意味する。 直接投票で物事が決まるなら知性は必要なくなるからだ。

 人類の知の歴史が明らかにしてきたことは、民主主義の本質は反知性主義であり、民意を利用する政治家を除去しない限り、文明社会は崩壊するという事実である。 諸学の父・アリストテレスは、著書 「政治学」 において民意を最優先させた場合の民主政を、僭主政せんしゅせい( 正当な手続きを経ずに君主の座についた者による政治 )に近い最悪のものと規定した。

 マッカーシズムとベトナム戦争を痛烈に批判したウォルター・リップマン( 1889~1974年 )は、ジャーナリズム論の古典 「世論」 で民意の危険性について分析している。 「なぜなら、あらゆる種類の複雑な問題について一般公衆に訴えるという行為は、知る機会をもったことのない大多数の人たちをまきこむことによって、知っている人たちからの批判をかわしたいという気持から出ているからである。 このような状況下で下される判断は、誰がもっとも大きな声をしているか、あるいはもっともうっとりするような声をしているか( 中略 )によって決まる」

 平成17年8月、郵政民営化関連法案が参議院で否決された。 首相の小泉純一郎は激怒し 「国会は郵政民営化は必要ないという判断を下した」 「郵政民営化に賛成か反対かを国民の皆様に問いたい」 と言い衆議院を解散した。 これは憲政史上類例を見ない暴挙であり、わが国の議会主義が死んだ瞬間である。 職業政治家の集団である参議院の判断を無視し、素人の意見を重視したのだから。

 この20年にわたるメディアの 《 民意礼賛 》 がおかしな政治家を生み出している。 橋下徹大阪市長は 「僕が直接選挙で選ばれているので最後は僕が民意だ」 と、二言目には民意を持ち出し、自己正当化を行う。 これはナチスのアドルフ・ヒトラーが使った独裁のロジックとまったく同じものだ。 歴史的に見て、デマゴーグは常に民意を利用する。 リップマンが指摘したように、ステレオタイプ化した世論、メディアが恣意的しいてきにつくりあげた民意は、未熟な人々の間で拡大再生産されていく。 政治家の役割は、こうした民意の暴走から国家・社会・共同体を守ることである。












( 2013.04.04 )

 


 「自ら信じる政策があれば、一度や二度の失敗にへこたれることなく、実現に向けて飽くなき挑戦をし続けてほしい」
 安倍首相は3日の国家公務員合同初任研修で、新人官僚をこう励ました。 再登板を果たした自身の経験を踏まえての言葉なのだろうが、至極まっとうである。
 一方、ちょうど3年前、当時の鳩山由紀夫首相は同じ場面で、こんな意味不明の訓示を行っていた。

 


 





( 2914.12.07 )

  …… っ



「夢は正社員になること」
 正社員になるのが夢って、 …… 日本にっぽん終わってるネ!


政権交代がスローガンだったころから変わんないな。 交代したら目標見失って終わり、正社員も同じ末路だろ
正社員になれなかったのは馬鹿か遊んで勉強しなかった奴だろ。 アリとキリギリス
正社員になって何を目指すかまで考えてないヤツは落とすよ。 政権取るのはあきらめてて、当選だけすればいい政党のCMだもんな
「一流企業の正社員になること」 ってキチンと書かないとね。 派遣社員の人に 「中小企業でいいから正社員になりなよ」 って助言すると 「ブラックやだぁ~」 って鼻で笑われるよ
民主党はもう自分たちが何をしているすらわからなくなってしまっているんだね
非正規を減らして無職を増やした民主党だからな
夢は月1200万円の不労所得、在日●●人
埋蔵金で高速道路無料化はどうなったんだ?
今でもあるだろ、小売り飲食介護不動産営業。 好きなの選べよ
与党だった頃に何してたんだ?
民主党政権になったら正社員になれるのか? どういう法律でそうするんだ? 具体案だしてから言え!
国民全員、公務員かよ! 狂産党じゃあるまいし
民主党の夢は政権をとること。 そして、おままごとすること
さすがに党首がアレだと選挙CMも当然こうなるわな
相変わらず馬鹿なんだな。 ほんと政治家の連中ってブラック企業で働かないと今の日本がわかんねーんだろうな。 ヌルい仕事ばっかしてたボケ老人なんかが日本回せるわけが無い
貧乏人の味方みたいなスタンスだけど、こいつらが政権とったらまた正社員減るわ
このキャッチフレーズを見て正社員は投票すると思ってるのかよ?
民主党になれば正社員が増えるとか、一体誰が思うのか?





( 2014.12.15 )


 菅氏は前回2012年衆院選でも土屋氏に敗北、比例で復活当選した。
 背水の陣で戦った今回は、駅前での街頭演説や個人演説会を定期的に開催し、原発ゼロや集団的自衛権行使容認への反対を訴えた。

 今回も土屋正忠氏に小選挙区で敗れたものの、比例復活で当選した。

 東京選挙区の比例の “最後のイス” を惜敗率で手繰り寄せた格好だ。 ネット上では 「ゾンビ復活」 などと呼ばれている。

 菅氏は、2010年から “小沢排除” に動いて一気に首相の座を射止め、参院選で唐突に消費増税を言い出し、挙句の果てに3・11後の対応で総スカンを食い、民主党を奈落の底に落とした戦犯中の戦犯と名指しされてきたご仁。 いわゆる “戦犯6人衆” の筆頭である。

 百歩譲って、党の方針として公認するのは 「アリ」 だろう( 個人は 「ナシ」 ですが … )。 しかし、野田佳彦元首相とともに、首相経験者は比例重複で立候補するのは食い止めなければ、民主党の再生、または信任は得られないのは自明の理だったはず。 実は、公示前から疑問視されていた問題だった。 しかし、無策の民主党は彼らに簡単に重複立候補を許してしまった。

 だから、民主党は非自民の受け皿になり得なかった。 有権者からすれば、 「何も反省していない」 「2年まえから何も変わってはいない」 と見えた。 だから、共産党が大幅に議席を伸ばし、維新の党が意外にも関東などでも健闘したといっていいのだろう。

 反省し、立て直す ──。 口で言うのは簡単だが、冷めた有権者にその姿勢を見せない限り、党の再建など夢のまた夢。 海江田万里代表が落選し、辞任したことで年明けに代表選が行われるが、 “政権の旨味” だけ覚えてしがみつく輩がいる限り、表紙を変えても生まれ変わることは難しいのではないだろうか。


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直人
脳がない
イカレてる
( 自分の )言いたいことしか言わない
失言しかない
恫喝して仕事の邪魔をする
対応が適当
胸クソ悪くなる
黙々と難問を増やす
慢心している
今まで同じ空気吸っていたのが不思議
原発を爆発させる
いいから仕事をしろ
馬鹿なので取り合われない
( いなくなることが )国民の希望
逆切れに定評がある
ブーメランを投げる
支那朝鮮に断固としてへつらう
馬鹿者
そして罪人へ
義偉
無駄がない
イケてる
言いたいことを言ってくれる
ユーモアがある
恫喝に応じない
適切な対応
胸がすぅ~ッとする
黙々と難問を処理する
安心できる
今まで埋もれていたのが不思議
原発事故に対処する
いい仕事をする
馬鹿には取り合わない
国民の希望
返しのキレに定評がある
キラーパスを投げる
支那朝鮮に断固とした態度を示す
切れ者
そして伝説へ