( 2010.11.18 )
 

 

  「暴力装置でもある自衛隊はある種の軍事組織でもあるから、シビリアンコントロール( 文民統制 )も利かないとならない」 と発言。













( 2011.11.23 )
 イラク復興支援のため陸上自衛隊が派遣されていた7年あまり前のことである。 部隊を派遣していた札幌の第11師団が、駐屯地のある札幌市などの首長に、テレビ電話で派遣隊員を激励してくれるよう頼んだ。 ところが札幌市長だけが断るということがあった。

 自衛隊の派遣に反対で 「テレビ電話に出て誤解されてはいけない」 という理由だった。 だがこれには自衛隊員だけでなく、札幌市民からもブーイングが起きた。 何しろ札幌の観光の目玉である雪まつりは、雪像作りをはじめほとんどが自衛隊に 「オンブにダッコ」 だったからだ。

 この市長の冷たさは国民、特に革新陣営が創設以来、自衛隊に送る視線の象徴のようなものだ。 災害をはじめ困ったことがあると、当然のように出動を要請する。 ところが本来の自衛隊の任務に対してはまるで理解しようとせず、日陰者扱いしてきたのだ。

 今回、政府による福島第1原発周辺への派遣にもそんな 「ムシの良さ」 が感じられる。 自治体庁舎に限り放射性物質の除染に当たらせるという。 むろん除染は急がねばならないが、民間でも可能という声もあり、なぜ自衛隊なのかハッキリしないからだ。

 それだけに内部から 「政治家はわれわれを道具としか見ていない」 「便利屋ではない」 という不満も聞かれるという。 自衛隊を 「暴力装置」 と言ってのけた人がいまだに政権の中枢にいる。 そのことへの不信感が根強いからという気もする。

 今日の 「勤労感謝の日」 に、民主党政権が最も感謝していいのは、大震災で獅子奮迅の働きをした自衛隊員たちに対してだ。 そしてそれ以上に大切なのは、国を守るという本来の任務の尊さを、正しく評価することである。





( 2010.11.18 )

 
  


 仙谷由人官房長官は18日の参院予算委員会で、自衛隊を 「暴力装置」 と表現した。 直後に撤回し 「実力組織」 と言い換えた上で 「法律上の用語としては不適当だった。 自衛隊の皆さんには謝罪する」 と陳謝した。 菅直人首相も午後の参院予算委で 「自衛隊の皆さんのプライドを傷つけることになり、おわびする」 と述べた。 首相は18日夜、仙谷氏を執務室に呼び 「今後、気を付けるように」 と強く注意した。 特異な言葉がとっさに飛び出す背景には、かつて学生運動に身を投じた仙谷氏独特の思想・信条があり、民主党政権の自衛隊観を反映 したともいえそうだ。

 「昔の左翼時代のDNAが、図らずも明らかになっちゃった」
 みんなの党の渡辺喜美代表は18日、仙谷氏の発言について端的に指摘した。

 「暴力装置」 はもともとドイツの社会学者のマックス・ウェーバーが警察や軍隊を指して用い 「政治は暴力装置を独占する権力」 などと表現した言葉だ。 それをロシアの革命家、レーニンが 「国家権力の本質は暴力装置」 などと、暴力革命の理論付けに使用したため、全共闘運動華やかなりしころには、主に左翼用語として流通した。

 現在では、自衛隊を 「暴力装置」 といわれると違和感がある。 だが、旧社会党出身で、東大時代は日韓基本条約反対デモに参加し、「フロント」 と呼ばれる社会主義学生運動組織で活動していた仙谷氏にとっては、なじみ深い言葉 なのだろう。

 国会議事録で 「暴力装置」 との表現を探しても、 「青春をかけて闘った学生を、自らの手で国家権力の暴力装置に委ね …」 ( 昭和44年の衆院法務委員会、社会党の猪俣浩三氏 )、 「権力の暴力装置ともいうべき警察」 ( 48年の衆院法務委、共産党の正森成二氏 ) ― などと主に革新勢力が使用していた。

 18日の国会での反応をみても、自民党の丸川珠代参院議員は 「自衛隊の方々に失礼極まりない」 と批判 したが、共産党の穀田恵二国対委員長は 「いわば学術用語として、そういうこと( 暴力装置との表現 )は当然あったんでしょう」 と理解を示した。

 民主党の岡田克也幹事長は 「人間誰でも言い間違いはある。 本来、実力組織というべきだったかもしれない」 と言葉少なに語った。

 仙谷氏は著書の中で、 「若かりし頃、社会主義を夢見た」 と明かし、その理由としてこう書いている。

 「社会主義社会には個人の完全な自由がもたらされ、その能力は全面的に開花し、正義が完全に貫徹しているというア・プリオリ( 「先験的」 の意味 )な思いからであった」

 仙谷氏は後に現実主義に 「転向」 し、今では 「全共闘のときの麗しい 『連帯を求めて孤立を恐れず』 を政治の場でやるとすってんてんの少数派になる。 政治をやる以上は多数派形成をやる」 ( 7月7日の講演 )と述べている。 とはいえ、なかなか若いころの思考形態から抜け出せないようだ。

 「ちょっと言葉が走った。 ウェーバーを読み直し、改めて勉強したい」

 18日午後の記者会見で、仙谷氏はいつになく謙虚にこう語った。





( 2010.11.19 )

 


 日本の平和と安全を守るため、日夜、身をていしている自衛隊員の存在を否定する暴言が政府の中枢から飛び出した。

 仙谷由人官房長官が参院予算委員会で 「自衛隊は暴力装置でもある」 とした答弁である。

 自衛隊は国家の命令があれば、どんな危険な任務にも赴き、国家と国民の負託に応えねばならない。 官房長官は、国防に関する重要事項などを審議する安全保障会議の一員であり、防衛出動などの命令にも関与する。

 そうした国を担う統治責任の意識はみじんもうかがえない。 自衛隊の士気を阻喪させ、隊員への敬意のかけらもない発言は、官房長官として極めて不適切であり、更迭に値する としかいえない。

 「暴力装置」 は無法の暴力集団をイメージさせる。 仙谷氏は自民党の抗議を受けて、 「実力組織」 と言い換え、 「自衛隊の皆さんには謝罪する」 と発言を撤回した。 だが、仙谷氏は以前にも同様の表現を使っている。 本音ではないのか。 「本人が発言を撤回し、謝罪している」 という菅直人首相の国家観も問われる。





( 2010.11.18 )

 

 菅内閣では閣僚の失言など舌禍事件が後を絶たない。 鳩山由紀夫前首相は自身のあまりに軽い言葉のツケで自滅したが、菅内閣ではスポークスマンであるはずの仙谷由人官房長官が率先して 「実に珍妙な詭弁をろうして」 ( 公明党の東順治副代表 )は謝罪や発言撤回を繰り返す。 柳田稔法相の国会軽視発言も含め、たがが外れた閣僚の言動の数々は政権末期の様相だ。

 「仙谷氏に厳重注意をするのは誰なのかとブーメランにならないことを願っている。 閣内や党内で誰が厳重注意するんでしょう?」

 新党日本の田中康夫代表は17日の記者会見で、仙谷氏が柳田氏に厳重注意したことについて皮肉った。

 実際、仙谷氏は陳謝の常連だ。 野党時代に自身も 「新聞報道によると」 と繰り返し質問していたにもかかわらず、野党議員から新聞報道に基づいて事実確認をされると 「最も拙劣な質問方法だ」 と反論をして謝罪に追い込まれた。

 経産官僚が参考人として国会で答弁した際も 「彼の将来に傷を付ける」 と恫喝し、これまた陳謝した。 「盗撮発言」 でも発言を撤回しており、柳田氏に注意できた立場ではない。

 菅直人首相自身は、官僚がつくったペーパーを読み上げ安全運転を心がけているため失言は少ないが、仙谷氏がそれを補い余りある問題発言を続けている。

 北沢俊美防衛相も負けてはいない。 9、10両日の衆院予算委では、それぞれ永住外国人への地方参政権付与問題に関する過去答弁と、沖縄県知事選をめぐる公明党軽視発言で2日続けて陳謝した。

 「検事は誰が任命するか聞いても分からなかった」 ( 自民党の石破茂政調会長 )とあきれられる柳田氏は論外だが、岡崎トミ子国家公安委員長の答弁もしどろもどろで心もとない。

 「仙谷総理大臣!」

 17日の参院予算委では、前田武志委員長もこう誤って指名する場面があった。 それだけ内閣における存在感が大きい仙谷氏は平成3年8月の衆院予算委で、法律を恣意的に解釈して切り抜けようとした政府側を厳しく追及していた。

 「こういうのをまさに法匪ほうひというのだ。 法律をもてあそぶことになるのだ」

 それが今では、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件という国家の外交・安全保障問題で、刑事訴訟法の規定を持ち出し、あくまでその枠内で説明しようと躍起だ。 政権の 「言葉」 が揺らぎ続けている。

最近の菅内閣の失言・迷言
月 日発  言発 言 者
1013弱腰だというが、 「柳腰」 というしたたかで強い腰の入れ方もある仙谷官房長官
14この新聞記事は本当かどうかなんていう国会質問は聞いたことがない。 最も拙劣な質問方法だ
( 雑誌の撮影許可について )参院側から 「議員活動の記録のため」 と書くよう示唆があった蓮舫行政
刷新相
15( 政府参考人のキャリア官僚に )上司として話すが、彼の将来を傷付けると思う仙谷官房長官
18健忘症か分からないが、今暴露された会話の記憶がない
22( 反日デモ参加は )国益にかなうという思いを持っている岡崎国家
公安委員長
11( 企業団体献金再開に関し )わが党だけが受け取らないと自民党にも出しにくいとの意見もあった菅首相
首相官邸は情報過疎地だ。 役所でとりまとめたものしか上がってこない
( 国旗・国歌法案に関する新聞コメントに対し )11年前ですから記憶にありません
ロシアとはまだ平和条約を結べていない。 戦争状態を終わらせるにはどうしたらいいかということだ仙谷官房長官
10( 沖縄県知事選に立候補した仲井真弘多氏について )どの政党の推薦もいらないと言っている北沢防衛相
( 尖閣資料が撮影されたことに対し )あの辺から望遠レンズで盗撮されたようだ仙谷官房長官
12望遠レンズ、拡大レンズはサッカー場とか野球場の話だろう。 国会の内規、慣行として( 規制を )検討いただけたら
14国会答弁でわからなかったら2つ覚えておけばいい柳田法相


横峯 高額賭けゴルフ確定
北沢 民間人の言論封殺 & 虚偽答弁
岡崎 テロ捜査情報流出
蓮舫 国会で雑誌の撮影、責任を官僚に押し付け&虚偽答弁
松崎 自衛隊員を恫喝、うちわで叩く
三宅 自作自演 「本当に甘利議員は酷いです」
菅  任命責任、「1%でもやめない」
小沢 強制起訴
仙谷 問責可決&丸山から提訴される
馬渕 問責可決
柳田 辞任
中井 秋篠宮ご夫妻に 「早く座れよ!」





( 2010.10.31 )
 殿


 謝罪というのは難しい。 何をどう謝ったかが大事だし、過ちに見合った謝罪でなければならない。 政治や組織の論理が加わるとなおさら謝罪が難しくなる。

 平成12年の雪印集団食中毒事件を機に企業広報における謝罪会見は変わったように思う。 起こしたことよりも重要なのは起こしたことに対する企業としての対応である。 対応を誤れば、企業生命すら脅かされる。 この事件がその典型例だ。 当時の社長がエレベーター付近で寝ずに待っていた記者団にもみくちゃになりながら会見の延長を記者から求められた。

 「何で時間を限るのですか。 時間の問題じゃありませんよ」

 社長も記者も疲労はピークに達していた。 記者の口調も詰問調だった。 社長は 「そんなこと言ったってねぇ、わたしは寝ていないんだよ!」。 こう声を荒らげ、いらだちを口にしてしまったのだった。 これに一部記者も 「こっちだって寝てないんですよ。 そんなこと言ったら食中毒で苦しんでる人たちはどうなるんだ!」。 記者が猛反発し、社長はすぐに謝ったが後の祭りだった。 この会話はマスメディアなどで繰り返し流れ、結果的に雪印グループへの不信をもたらす結果となってしまった。 不祥事を隠し、なりふり構わず逃げ回る光景に映ったからだった。

誠なき記者会見が増えた

 企業には説明責任が課せられ、コンプライアンス( 法令遵守 )の徹底が叫ばれるようになった。 そして、不祥事が起こると、役所も企業も幹部が並び、立ち上がって一斉に頭を下げる。 そんな光景が一般的になった。

 企業防衛のコンサルタント業が活況を呈し、謝罪で頭を下げる角度まで指導の対象になってしまっている。

 企業が不祥事に真摯に向き合い、社会的責任を果たすための説明の場ならそれはいいことだ。 ただ、いろいろな会見を眺めていると、やりとり自体が洗練された一方で、記者会見が企業生命を守るための心ない通過儀礼のような場と化していると感じる会見も少なくない。

 うまくこなす。 乗り切る場。 ひどい場合には記者をいかに当たり障りなくあしらうか。 これが主眼となっているように思えてならない会見がしばしばである。

 こうした、こなれた記者会見に報道陣からは糾弾や挑発的な質問が延々と続いたり、声を荒げる場面にしばしば出くわすようにもなった。 メディアの横暴が社会の指弾を浴びる対象となることも最近ではしばしばで、同業者として他の記者の質問をハラハラする思いで見守る機会も増えた。

 準備万端のうえ何を聞いても立て板に水、饒舌じょうぜつに出てくる企業側の説明を耳にしていると、逆に “心なさ” や飽き足りない思いがこみ上げてくる心理は私にも理解できる。 会見者がキレたり怒りを爆発させたり、感情をあらわにする場面にこそ、本音や人間性、性根がかいま見えることが多いのも確かだ。

 だが、自分の不勉強を棚に上げて挑発的な質問を繰り返したり、会見自体をかき回すのは愚かしい。 ひどい場合にはスリリングな映像ほしさからか、記者会見をショーのようにはき違えて臨んだり、質問なのだか、自分の意見表明なのだか分からない質疑も増えたように思う。

 いずれにしても会見の意味が、謝罪の持つ本来の意味から懸け離れていくように変わっているのは否めない。

 ひょっとして舞台裏では 「社長、うまく会見を乗り切りました。 さすがですね」 と持ち上げられ、社長は悦にいっているかもしれない。 そんな光景が思い浮かぶのである。 こうなると、何でも謝ればいいとなってしまうし、外形的に確かに謝罪はしているのだが、良心の所在すら疑わしい。 実態は、世の中を欺いているとしかいえない。

通用しないとりあえずの謝罪

 わが国では謝罪はしても、非は認めていないことがままある、非は認めないがとりあえず謝ってその場を収めることを好む雰囲気が確かにある。

 例えば 「世間をお騒がせして申し訳ない」 という謝罪の常套句がある。 これだって、頭は下げているのだが文脈によっては暗に 「騒ぐ世間が間違っている」 と言っているに等しい場合がある。

 そこをあえてほじくり返したり、詮索したりせずに丸く収める。 それが私たちの知恵であり実際、そうして済ませる場面は身の回りに確かにある。

 だが、こうしたやり方が国際的に通用しないことは理解しなければならない。

慰安婦をめぐる河野談話然り、村山談話然り、菅談話然りである。

 とりあえず謝ってしまうと、どういう波及があるか。 これはよく考えておかねばなるまい。 とりあえずの謝罪は非を認めることを意味し、信じがたいほどの巨額訴訟を吹きかけられたりする。 日本人自身がいつまでもおとしめられ続け、耐え難い屈辱の日々を余儀なくされるのである。

反日デモ参加への釈明

 前回のこの欄で仙谷官房長官の謝罪が全く謝罪に値しないことを指摘したが今週、考えさせられたのは岡崎トミ子国家公安委員長である。

 岡崎氏は平成15年2月、ソウルの駐韓日本大使館前で、韓国の慰安婦支援団体主催の反日デモに参加。 民主党が野党時代には、元慰安婦に日本が国家として謝罪と金銭支給を行うための 「戦時性的強制被害者問題解決促進法案」 を繰り返し国会に提出していた政治家である。

 その岡崎氏が国の治安を預かる国家公安委員長に就任するという事態になっている。

 就任のさい、菅首相は反日デモ参加について 「本人も過去の言動に配慮に欠けた面があり、誤解を招いたことについて深く反省をし、以後、注意をしており、内閣の方針に従って職務に邁進まいしんしていくという旨を表明されております」 と岡崎氏を弁護していた。

 一体、岡崎氏は何に反省しているのだろうか。

 少し長くなるが岡崎氏の国会答弁をまとめる。

 《 2003年、私が韓国に参りましたのは、慰安婦とされた過去の戦争の問題に関して、人の心がたいへん踏みにじられていた。 私どもは日本の中で戦後の問題、過去の問題について取り組むことが大切だというところで、私たちの活動を説明に参りました。 その場所では、韓国全土から慰安婦とされたおばあさんたち、被害者の皆さんたちがそこに集まって来られるということで、私はその報告の場に参加をしました。
 私は一応自分の旅費で参りましたけれど、参加したときには空港の 送り迎えについてはもちろん、公用車を使用 させていただきました。 これは国会の活動について報告に行くということで、あくまでも活動の報告だと思っております 》。
 もう少し岡崎氏の釈明を聞いてみる。 反日デモへの参加について岡崎氏は国会議員としての活動だと認めている。 しかし、それは 「戦争の被害にあった皆さんからしますと、自分たちの要求について、ぜひ自分たちの願いを聞いて欲しいという気持ちの場」 に参加したのであって、デモの場で 「日本反対」 、国旗にバッテンの付いたポスターが掲げられていたことを自分は知らなかった ── と述べたのだった。

 それが新聞に取り上げられ、私の後ろにそのモノがあったと新聞の報道を見て初めて知った。 新聞には 「日本政府を糾弾する岡崎トミ子議員」 というキャプションが付いていて、 「そうなんだな」 と思った ― というのだが、 「私自身はまったく日の丸にバッテンは無関係」 だとして抗議はしていない ― というのだ。

 日本国の国旗国歌を皆が尊重することについて私は大事だと考えている。 その上で一連の出来事について 「誤解を与えたということについて、反省をしている」 と述べたのだった。

何を反省しているのか

 これでは何に反省しているのか、よく分からない。 日本の過去に反省を求める人たちが自分の過去にはめっぽう甘かったりする。 誤解とは何か。 実は岡崎氏は反日デモに参加したことをいまなお正しいと思っているのではないか。

 法務委員会での稲田朋美議員( 自民 )との質疑を要約する。

稲田氏 「反省の内容だが、抗議をしなかったことを反省しているのか。 何を反省しているのか。 デモに参加したことは反省していないということか」
岡崎氏 「誤解を受けたことについて、 『残念だな』 と思って、その点反省をしている」
「私はまっすぐに自らの国会における行動、活動を報告に行った。 それでまっすぐに、例えばマイクを持って私どもの活動を報告した。 それが全て。 その後、写真がそのような結果になっていたが、それは私の責任ではございません。 そういう思いの人たちが韓国の中にいたということで私には無関係だ」
稲田氏 「質問に答えてない。 いつ誤解について気が付き、誤解を解くためにどんなことをしたのか」
岡崎氏 「私はまっすぐな自分の活動だと当時は考えていた。 それで報道で誤解をした方がいらっしゃったので、それについて反省をしたということで、それ以上でもそれ以下でもない」
稲田氏 「誤解を招いたとはあなたがおっしゃっていることだ。 何に対する誤解を招いたのか。 何が誤解なのか。 あなたが反日デモに参加したことは誤解でも何でもない。 そこに 「×」 の日の丸があったことが誤解なのか」
岡崎氏 「つまりその報道で様々に思った方々の中に誤解をされた、そういう活動だった、行動だったと思って反省をしております」
稲田氏誤解の内容が明らかでないのに、何を反省しているのか。 何を誤解と考えて、何を反省しているのか。 あなたが韓国のいわゆる従軍慰安婦の反日デモ、日本の大使館に対する反日デモに参加したことは事実として間違いはない。 じゃあ何を誤解したんですか。 趣旨ですか?
岡崎氏『反日だと思われたこと』 だと思います」
稲田氏誰が見たって反日です。 慰安婦の皆さんが、大使館に向かって抗議のデモをして、そしてそれにあなたが参加したこと自体は間違いがないのだから、慰安婦の抗議デモにあなたが参加したことを誰も誤解はしていない。 デモに参加したことをあなたは反省をしているのかしていないのか。 どちらか」
岡崎氏 「私は今でも私は自ら過去の問題について取り組むことが大事だと考えている。 被害者に向き合うことが大事だと考えて参りました。 その活動です。 その報道によって、私の活動が 『反日』 だと言われたことが 『誤解』 だと思っております。 私は反日の活動をしたつもりはない。 むしろ、戦争の問題をきっちり答えていく、そしてこの国が本当に世界の国から誇りを持つ国である、今でも( 私は )誇りを持っているが、そのようにさらに思っていただける。 私自身は国益にかなうと思っています


どこがまっすぐなのか?

 反日デモに参加したことを 岡崎氏は何ら反省していない のである。 自分が反日と見なされるのは新聞による誤解だというのだが、ならば、自分の行動について国民を惑わすように反省などといった言葉を持ち出さずに、まっすぐに日本の過去を非難し続ければいいではないか。 これは 「誤解」 「反省」 という言葉をもてあそびながら国民の目をごまかしていることにならないだろうか。

 岡崎氏は28日の参院内閣委員会で、韓国人などの元外国人慰安婦について 「名誉や尊厳を回復する措置をしっかりとしていきたい。 ( 金銭支給も )含むものとして検討していかなければならないと思う」 と述べ、新たな個人補償を検討したい考えを示したのだった。

 政府はこれまで、先の大戦にかかわる賠償、財産、請求権の問題はサンフランシスコ平和条約と2国間条約で対応しており、新たに個人補償を行うことはできないという立場を堅持してきた。 岡崎氏の発言はこれを大きく逸脱しており、政府の方針に従って職務に専念する菅首相の発言と矛盾することもいうまでもない。

 私は岡崎氏に日本の過去よりもまず自分の過去と向き合うべきだと思っている。 今、中国では多くの反日デモが行われている。 これは日本の治安とも無関係ではない。 日夜警察も情報収集に努めているはずである。 慰安婦や日本の過去をめぐり、日本を指弾し糾弾するデモが国内で起きれば、それは日本の国益を損ないかねない事態であり、日本の警察は組織を挙げて重大な関心を払う。

 ところがその警察組織を指導監督する立場の国家公安委員長がこうした 反日デモに参加する意義を国益にかなっているといってはばからない のである。
 これでは警察活動は成り立たない。
 わが国の治安の脅威ではないだろうか。






 


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 警視庁公安部外事3課の内部資料の疑いがある文書がインターネット上に掲載された問題について、岡崎トミ子国家公安委員長は2日、閣議後の記者会見で、流出文書が 「警察の資料か否かも含め調査中」 と報告を受けていながら、 「警察のものですよね」 と記者に聞き直す一幕があった。 事態をきちんと理解していなかったとみられ、改めて危機管理能力が問われそうだ。

 岡崎氏はまず、 「報告は受けています。 警察で調査中ということですので答えは差し控えたい」 としたうえで、情報管理の重要性は 「きちんと警察に指示している」 と述べた。 「感想はないのか」 と問われると、 「大変遺憾に思っている。 情報はしっかりと管理しなければならない。 あってはならないものだったと思っている」 と説明した。

 この発言に対して別の記者から 「なぜ遺憾なのか。 警察の資料ということが前提なのか」 と質問を受けると、 「警察で保管されているものかも含めて調査中ということ」 と想定問答通りに回答した。

 しかし、 「警察のものでなければ遺憾に思う理由は」 と尋ねられると、 「警察で管理しなければならないものがネット上に出ていると、こういうことですよね?」 と逆質問。 この後、矛盾に気付いたのか、 「元に戻しまして」 とわれに返り、 「警察で調査中ですので答えは差し控えたいと思っている」 と繰り返した。

政府主導( 爆笑 )
バ菅 「( 反日デモ参加については )ご本人も反省しておられるとのことですし、岡崎さんは適任者だと思って任命しました」
これが適任者って …… どこが人材豊富なんだ?
逆に考えると、民主党ではこれ以下の人間しかいないってことなんだよな!
想定内でしか回答できないならロボットでも置いとけよ!
無能以前の問題だな。まともに職をこなせてるとはとても思えない。
こどもないかく
コイツじゃなきゃいけない理由あるの?
正確に事態を把握してないから、こんなつまらん誘導尋問にひっかかるんだよ。 大臣個人の資質の問題。
たかじんの番組に出たらめちゃくちゃに叩かれて泣いて逃げ出すようなババアだな。
公安のトップがこんな簡単に引っかかるなんて ……
馬鹿のフリして、はっきり警察の物だと保証したんだろ。 過去の行動から引き続いて売国の一環だよ、笑いごっちゃない。 破防法でもなんでも適用してぶち込めよ、こんなクズ!
遺憾ていえばいいと思ってやがる。 今後この言葉禁止ワードにしてくれよ。
引掛けというより普通に聴きたいだろ。 なんで警察と関係ないかもしれないのに遺憾に思うの? 遺憾って言葉が魔法の言葉だとでも思ってんの?って。
岡崎トミ子は宮城選挙区か。 しかしよくこんなのが当選したもんだな。
引っかかったて言うか普通に自爆だろ。
頭の悪いやつほど人の上に立つことに執着するからな。 見てるとホント屑は他人に厳しく自分に甘いが徹底してるわ ……
東京以北と神奈川以南の住民は未開の蛮族と思っていたが、東京なんかREN4に馬鹿みたいに票くれてやった時点で終わってるもんな。
野党時代は記者会見でこうやって記者となれあって、適当に発言をでっちあげてもらって紙面に載せてたんだろ。
流石、史上最凶の国家公安委員長!!!




( 2010.12.09 )
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 私利私欲、本末転倒とはこのことだ。 菅直人首相が 社民党の協力 を得るため に、武器輸出三原則の見直しを先送りすることにした。

 三原則見直しは 「防衛計画の大綱」 の見直しの柱のひとつで、北沢俊美防衛相がこだわってきた問題である。 が、防衛相は、 「せっかく成し遂げた政権交代をおろそかにすることはしない」 「私も内閣の一員」 だと述べ、社民党との連携、国会での数合わせを優先 する首相の決断を積極的に支持した。

 首相も防衛相も、一体何を勘違いしているのか。 政治家も政党も国民と国家のためにある。 日本国も日本国民も、民主党政権のためにあるのではないのだ。

 そもそも社民党と民主党は、沖縄の普天間飛行場の移転問題で別れた。 辺野古への移転を再確認する閣議決定を、 「大義に反」 する、 「絶対に容認できない」 として、当時閣僚だった社民党党首の福島瑞穂氏は署名を拒否した。 結果、罷免され、連立から離脱した。

 民主党の方針はあのときのままであり、両党が再び歩み寄る理由は全くない。 にもかかわらず、歩み寄った。 政権にとどまりたい、政権近くにいたいというさもしさ に、両党は駆り立てられているのだ。

 参議院で否決されても、衆議院で3分の2の議席を確保できれば、法案の成立は可能だ。 その3分の2に不足している6議席を、社民党に埋め合わせてもらって生き延びようと菅首相は計算する。

 社民党は衆議院で6名、参議院で4名だ。 全体の1.5%にとどまるのは、国民が社民党を見限っているからだ。 福島氏は菅首相に 「私がぶち切れなくて済むようお願いします」 と繰り返したそうだが、国民の見限った党の意見をれて、日本にとって岐路ともなる非常に重要な安全保障政策を変更することの愚 を、首相は認識すべき であろう。

 日本を取り巻く国際環境の厳しさを見よ。 田久保忠衛氏はいまや世界が 「中国の革命」 に直面していることを指摘する。 昨年7月、世界各国の中国大使を呼び戻して胡錦濤国家主席が行った在外使節会議での訓話では 「韜光養晦とうこうようかい」 、つまり低姿勢を保ち力を蓄える方針から、 「積極有所作為」 、成すべきことを積極的に成す方針への大転換が語られている。 これを米外交評議会アジア研究担当ディレクター、エリザベス・エコノミーは 「中国の革命」 と呼ぶ。

 能ある鷹は爪を隠す姿勢を変えて、もはや爪は隠さないと決意した中国 は、国際社会の手法や制度に合わせることで国力をがれることを嫌い、自らが国際社会のルールメーカーになろうとしている。

           ◇◇◇

 たとえば、新幹線の事例に見られるように、中国は他国の知的財産権を平気で侵害する。 世界の知的財産権侵害の被害の8割は中国によると言われるが、反省とは反対に、彼らはもっとあからさまに世界の最先端技術や知識を中国式手法で取得しようとする。 レアアースの輸出は大幅に減少させるが、中国で生産する企業には供給する、ただし、その企業には最先端技術の中国への移転が求められるという具合である。

 国際通貨基金( IMF )やアジア開発銀行( ADB )への出資も増やし、発言力を強め、国際金融においても中国の主張を押し通す戦略である。 「中国の革命」 は安全保障においてとりわけ深刻な影響を及ぼす。 国際社会はすでに中国の対外強硬姿勢を、3月の北朝鮮による韓国の哨戒艦天安撃沈事件で痛感させられた。 物的証拠にもかかわらず、中国は北朝鮮を擁護し、有事の際、北朝鮮に自国の影響力を及ぼし続ける道を確保する意図を見せた。 いかなる他国の介入も許さず、その地域海域は軍事力をもって支配するという核心的利益の海として、南シナ海を宣言した。

 4月、東シナ海で大規模軍事演習を行い、大艦隊の編成で沖縄本島と宮古島の間を航行し、日本に対して、以降、この種の軍事行動は常態化する、日本はそれに慣れよと発表した。 9月の尖閣諸島沖の日本領海侵犯事件での横暴な振る舞いは、なお、記憶に生々しい。 「中国の革命」 の本質は経済的、政治的拡張とともに、軍事力を背景にした飽くなき拡大路線である。 核心的利益は、いまはチベット、台湾、南シナ海について宣言されているが、必ず東シナ海にも日本海にも適用されるだろう。

 日本に必要なのは、この強固な国家意思と日々強大化する軍事力で、中華式秩序を広げていこうとする中国に対して、それを超える日本の生き方と戦略を打ち出すことだ。 しかし、菅首相にはそんな壮大な戦略を望むべくもない。 だからこそ、せめて、日本を守るに足る力をつける努力をせよ。

 中国は年々増額する国防費で 空母建設 に取りかかり、第5世代戦闘機 も開発中だ。 日本には、中国が大量に保有し、日本にも照準をあてる核ミサイル もない。 空母建設はもちろん、第5世代戦闘機については、米国は日本に売る意思もなく、入手のめどもない。 考えられる唯一の道は米欧のF35の開発に参加し、それを日本の第5世代戦闘機にすることだ。 そのためには、今回、期待されていた武器輸出三原則の見直しが必要である。

 だが、社民党と組む菅首相、首相に同調する北沢防衛相らの私益に駆られた政権維持のために、見直しは先延ばしされる。 国益は打ち捨てられたのだ。 このような政権に、国民は、汚い表現だが、すでに 「ぶち切れて」 いると、首相は認識せよ。


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