( 2014.01.26 )

   


 昭和20年8月15日、正午にラジオで流された昭和天皇の 「玉音放送」 を聞き、こうべを垂れる農家の家族。 ポツダム宣言を受諾し、日本は無条件降伏した。 その後のドサクサにまぎれ、わが国領土を奪ったのは当時のソ連と韓国だ。

 お説通り歴史を正しく学ぼうではありませんか。

 昨年末の安倍晋三首相の靖国神社参拝をみて、中国・韓国が案の定、過敏に反応し、その後も 「正しい歴史認識を」 の決まり文句を唱え続け、日本の多くのマスコミも中韓の顔色をうかがうかのような腰の引けた報道を繰り返しています。

 中韓はともかく、同胞の 「歴史認識不足」 はため息が出るばかりですが、この際、中韓が要求するよう、全日本人が 「正しい歴史」 を学び直すべきでしょう。 そうすれば、中韓は逆に困ったことになること必至だとここで断言しておきます。




 「日本国民の自尊自重の精神は敗戦によって崩れ退廃に陥りました。 多少知識があって、占領下の時勢に鋭敏な一派が、何者かに媚びる気持ちから書いた歴史などを見ると、日本および日本人を侮り嘲る風潮を煽るかに見えます」

 これは、今上天皇の皇太子時代の教育に当たられた小泉信三が残した言葉です。 そもそも一国民が、正しい自尊自重の心を堅持することは、自国のために他国の侮りを防ぐのみならず、世界の国民と国民、国家と国家の関係を正常で健全なものにする上で、欠くべからざる要件であると思われます。

 日本人のルーツは “かん(神)ながらの国” といわれるように、その思想文化の基軸は “清明心・至誠・ふるさと・祖先安寧・国柄” にあり、受容同化力・自然万物との一体化・みそぎ(浄化 / 転化)・言霊の幸わう国・産霊むすび・和魂にあるとされてきました。

 ちなみに 「大和魂」 という言葉の初出は、紫式部の源氏物語、夕霧元服のシーンでの光源氏の言葉です。 当時の官吏養成所における和学と漢学の対比融合こそ、日本人本来の智恵や分別・感性を身につけるために深く学問する風習が庶民レベルまで広がっており、世界的にも最古とされる国民教育の原点ともいわれています。

 それは、自然崇拝に根ざす表現の大和言葉を多く残したとされる縄文人にいきつく、曖昧で繊細な表現力や石器・土器に残る芸術性・現実の中に情緒の崇高さを意味づけるといった通奏低音で、日本人の意識下に流れていたはずなのですが、戦後これを捨て去ったのです。




 多くの日本人は、アメリカ文化風俗にかぶれ、日本人固有のDNAを忘れておきながら、片方ではアメリカがわずか230年と歴史の浅い国といっては軽蔑するなど、支離滅裂さを振りまいております。 戦後日教組の偏向教育による自虐精神に貶められ、ある意味で僅か60年と言う世界で最も歴史の浅い、それも軌道を損なった根無し草のような国民性を露呈してしまう羽目におちいってしまったようです。 魂を失った民は、抜け殻に過ぎず、国を衰亡させる危険性が大なのです。

 聖徳太子の 「和を以って貴しと為す」 ではありませんが、 「和して同ぜず」 とは正しい主張を交わし、協調することですが、現下の日本政府の外交や多くの日本人の社交は、やってはならない 「同じて和せず」 という、屈辱と妥協に陥っていると考えます。

 今こそ、縄文2万年、有史( 国史 )2千年という世界最古の国柄と世界に誇りうる独自の歴史・文化を、我らが底力とし、 「和の民」 としての 「大和魂」 を取り戻すべきではないでしょうか。 歴史は、一国一国民の魂であり、人も国も、自尊自重の精神を失っては、グローバル世界を生き延びられないと自覚すべきなのです。




 誤った戦後史は、一部の書籍・雑誌の指摘に応えて歴史を正すこともなく、NHKも大半の大手マスコミも、おおよそ “相手あっての終戦” とは関係もない8月15日を終戦記念日としています。 ひどいケースでは、占領軍の去った日=本来は主権回復を記念すべき日を “独立記念日” と呼んでみたりする歴史の歪曲が垂れ流されています。 以下に史実を挙げておきます。

 昭和20年8月14日( ポツダム宣言受諾=終戦記念日 )同8月16日=全軍に戦闘中止命令下る( =停戦記念日 )同9月2日( 降伏文書調印=敗戦記念日 )、そして26年9月8日( サンフランシスコ講和条約調印=事実上の終戦記念日 )、27年4月28日( 講和条約の発効=20年8月28日に始まったGHQ占領が完了した日=主権回復記念日 ) ── となります。

 歴史上、日本国は建国以来、他国の植民地となったり、統廃合とか併合されたことはなく、上記7年間の占領下、主権を失っていただけですから、この日を “独立記念日” などと呼称するのは誤りで、やはり主権回復が妥当な用語ではないかと考えます。

 ちなみに、建国記念日の2月11日も昔は紀元節と呼び、初代天皇の即位を祝う日だったのですが、正しい歴史教育を受けなかった若者などが、この日を独立記念日などと口にするのを耳にすると、大いなる誤解を説くまでもなく、情けなくなります。




 こうした史実に鑑みても、日ソ中立条約を破棄した上、昭和20年( 1945年 )9月2日( 日本が降伏した日 )を過ぎてからのロシア( 当時のソ連 )による北方領土不法占拠は、明らかな国際法違反行為であると言わねばなりません。 戦後占領下にあったわが国のドサクサに紛れて、李承晩・韓国大統領が勝手に線引きして自領内へ取り込んだ竹島( 昔、後鳥羽天皇が流された隠岐諸島の一つで、歴史上・国際法上も明治期に島根県領土とされた )もしかり。

 そして、元は薩摩藩に属し、維新後、沖縄県石垣市所属の尖閣諸島。 ここには、わが国の漁民が生活した痕跡まであるのに、1970年代初め、大陸棚に油田の存在が発見されてから急に中国が領有権の主張と不法上陸を始めたのでした。 これらの事例は、とんでもない言いがかりや無法行為で、史実を内外に訴え、強気折衝を欠く政治行政やマスコミの勉強不足を疑わざるを得ません。




 幕末の志士には、日本の危機を救う歴史観と気概がありました。 長州が英米仏蘭との下関戦争に敗れたとき、講和条件で彦島の租借を要求されたのに対し、高杉晋作は 「日本国土は神から授かったもので明け渡しは断じて不可なり」 と日本書紀の建国神話まで持ち出して論陣を張り、租借を阻止した史実もあります。 外交折衝で強気を通すには、歴史を語れる教養力と胆力が欠かせないといえそうです。

 この際求められるのは、より厳密な戦略的外交を展開するため、国内法と国際諸法規( 領土・領海法、排他的経済水域、海洋法、国連諸条例、国際司法裁判条例など )をつぶさに照合し、必要な国内法を早急に改正・強化することです。 併せて、大半の歴史教科書と日教組教育の瑕疵を徹底的に排除することも急務です。




 歴史認識で極めて根源的かつ重要なポイントを一点述べておきます。 先に記したサンフランシスコ講和条約の締結( と発効 )11条に 「東京裁判の諸判決は受諾し執行するが、連合国側諸国とその後交渉し、この諸判決を変えても良い」 と明記されていたことを十全に理解した政管界人が少なかったという戦後日本の不幸です。

 現実的には、日韓、日中、日ソ間の国交回復諸条約を通じて、賠償金を含むすべての請求権の相互廃棄を決め、すでに解決済みの状態になっていました。 にもかかわらず、今も蒸し返させられることになったのは、自民党末期政権と一部官僚、民主党政府が不用意な発言・談話・無用な謝罪などを繰り返したからなのです。 鈴木善幸首相時代の宮沢喜一官房長官、外務省の小和田条約局長、日本新党細川護煕首相、社会党の村山富市首相、菅直人・鳩山由紀夫の民主党両首相などの致命的な外交発言は国益を損ねた大失策であり、万死に値するというほかありません。 その他、宮沢内閣の河野洋平官房長官による慰安婦関連談話でも重大な歴史認識ミスを惹起したことが、今にも続く不毛な議論の火種となりました。




 こうした戦後日本の諸悪の根源を問うならば、どうしても避けて通れないのが憲法改正です。敗戦後、占領支配された中で一方的に押し付けられた憲法に、果たしてどれだけの正当性があるのか。 すでに多くの心ある有識者はもちろんのこと、当の米国でさえも、多くの外交官や有力政治家が改正を勧告しているのが現実なのです。

 前文や9条を始め、浮薄な平和信仰のセンチメントを廃棄し、手かせ足かせを外して、現代人間社会の公理を体現し、日本人と日本国家の自尊自重を織り込んだ真の自主憲法を創作すべきときがきたと信じます。





( 2014.02.11 )



政治屋って、博学多才ぶってる輩が多いけど、
なんと薄っぺらな知識なんでしょうね。
 生活の党の小沢一郎代表は11日、都内で講演し、皇室と韓国の関係を引き合いに日韓関係について、日中関係とともに 「非常に異例な状況になっている」 と述べた。 だが、事実誤認が相次ぎ、説得力を欠いた。

 小沢氏は 「紀元節( 建国記念の日 )は神武天皇のご即位なさった日だ」 と述べた。 その流れで 「桓武天皇のお后は朝鮮半島の百済の王女様とのことだ」 との認識を示した。

 「今の天皇陛下がお話しになったことがある」 と根拠に挙げ、 「半島との縁は誰も否定できないほど」 などと述べた。

 天皇陛下は平成13年12月、翌年の2002年サッカー・ワールドカップ日韓共催に関連し 「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されている」 と述べられた。

 小沢氏は 「生母」 を 「后」、 「王の子孫」 を 「王女」 と2ヵ所言い間違えている。 百済は桓武天皇誕生の70年以上も前に滅亡しており、天皇陛下は平安時代に編纂へんさんされた 「続日本紀」 を引用されたにすぎない。







「世界まるごとハウマッチ」 で一躍有名になったケントギルバート氏が的を得た事を言ってくれてます。
■ ケント・ギルバート : 米カリフォルニア州弁護士、タレント。 1952年、米アイダホ州生まれ。 71年に初来日。 80年、法学博士号・経営学修士号を取得し、国際法律事務所に就職。83年、テレビ番組 「世界まるごとHOWマッチ」 にレギュラー出演し、一躍人気タレントとなる。 現在は講演活動や企業経営を行っている。 最新刊は 『不死鳥の国・ニッポン』。
 近年、 「歴史修正主義」 という言葉を目にする機会がある。 通常あまり良い意味では使われない。 「ホロコーストはなかった」 などの、荒唐無稽な主張がこう呼ばれる。

 ナチスによってユダヤ人虐殺が行われたことは歴史的真実であり、十分な証拠がある。 ところが、歴史修正主義者は自らに不利な圧倒的多数の証拠は無視し、小さな争点を拡大解釈して不毛な論争を創り出す。 結果、 「歴史修正主義」 は 「歴史創作主義」 といった、侮蔑的ニュアンスを帯びる言葉となった。

 いわゆる 「従軍慰安婦の強制連行」 は、最初は小説内の創作だった。 それが反日的プロパガンダによって、いつの間にか歴史的事実として世界中に認識された。 歴史の創作( 捏造 )がまさに完成しつつあったのだ。 歴史の真実を伝える側が、逆に 「歴史修正主義者」 として非難されてきた。

 朝日新聞の意図的とも思える 「誤報」 と、その後の放置、誤報の拡散に加担した日本人弁護士、 「日本たたき」 の結論ありきで、真実の追究は二の次だった国連人権委員会、加えて、日本的な 「事なかれ主義」 で、毅然たる対応を取らなかった外務省や政府の責任は重い。

 慰安婦問題に限らず、日本の近現代史では後から創作された話が、世界では 「正しい歴史」 として認識されているケースが多々ある。 代表例は日本が東南アジア諸国や中国大陸で 「侵略戦争を行った」 という話である。

 はっきり言うが、これは戦後占領政策の一部としてGHQ( 連合国軍総司令部 )が世界中に広めたプロパガンダである。 慰安婦問題と同様、真実とは異なる嘘が、今や 「歴史的事実」 として認識されている。

 GHQの最高責任者だったダグラス・マッカーサー元帥自身が後に 「日本の戦争は、安全保障( 自衛 )が動機だった」 と米上院の特別委員会で証言したのは、彼の懺悔とも受け取れる。

 しきりに 「侵略戦争」 や 「歴史認識」 などの言葉を用いて日本を責めたてる国は、GHQのプロパガンダの恩恵を最大限に受けた国である。

 戦後、アジア諸国で唯一、驚異的なスピードで復興を果たして先進国となった 「優等生」 は、近所の 「不良」 から見れば心底妬ましい存在であり、ゆすり・タカリの格好の対象だった。

 GHQの思惑通り、罪悪感を刷り込まれた優等生は、不良にせがまれて金を払い続けた。 結果、不良は少し裕福になったが、妬ましい優等生に対して感謝の気持ちなど持つはずがない。 現在は優等生が過去の真実を知り、 「今までよくもやってくれたな!」 と言い始めることを最も恐れている。

 最初に嘘をついて、これを広めたのはGHQだから、嘘が暴かれることを、わが祖国・米国も喜びはしない。 しかし、来年は戦後70年だ。 そろそろ、日本は近現代の間違った歴史認識の修正を堂々と主張すべきである。 今こそ反撃せよ、ニッポン!


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( 2014.08.31 )

 


 朝日新聞がいわゆる 「従軍慰安婦問題」 について、先日、過去の間違った記事を取り消したという話を聞きました。 ところが訂正の内容は十分ではないし、開き直った態度で全く反省している様子は無いし、謝罪も一切していないということで、保守系の私の友人たちは 「朝日新聞を廃刊まで追い込むべきだ!」 と物凄く怒っています。

 もし誰かに 「この件で日本が失った国益はHOWマッチ?」 と聞かれたら、ホールインワン賞を13回取った私でも、答えに困ってしまいます。 30年以上にわたって傷付けられた国家の信用や名誉を金額に換算するというのは相当難しい問題です。 正解が計算できないから、テレビではこの問題は使えません。

 ところで私も 「従軍慰安婦問題はあったのだ!」 と先日まで信じ込んでいましたから、朝日新聞に完全に騙された人間の一人です。 だから朝日新聞は私にも謝罪して欲しいです。 保守系の友人たちは 「従軍慰安婦問題なんて無かったんですよ!」 と何度か私に教えてくれました。 しかし私は全く聞く耳を持たなかったので、彼らは密かに私を馬鹿にしていたかも知れませんし、彼らの信用を失ったかも知れません。 そのことを考えると精神的苦痛­を感じるから、朝日新聞に対しては損害賠償を請求したいくらいです。

 というのは冗談ですが、朝日新聞にまんまと騙された被害者が他にもいることを忘れてはいけません。 韓国人です。 彼らは 「日本軍は韓国人女性を強制連行して従軍慰安婦( 性奴隷 )にした」 という、朝日新聞が書いた記事を真実だと信じたからこそ、日本政府にしつこく謝罪と賠償を要求してきました。 さらに、韓国の日本大使館の目の前や、アメリカ国内の複数の場所に 「従軍慰安婦像」 なる銅像を設置する活動も、真剣に継続して来ました。
 それなのに 「あの記事、根拠が無かったから取り消します」 の一言で済まされちゃったら、必死の努力を続けてきた韓国人( と一部の日本人弁護士 )は、ただの赤っ恥じゃないですか! 国連人権委員会にまで訴えて主張を認めてもらったのは、朝日新聞が従軍慰安婦問­題を 「真実として報道した」 という事実が最大の根拠だったんですよ?

 それを今さら 「取り消します」 っていうのは、韓国人に対するひどい裏切りです。 赤っ恥をかかされた韓国人の精神的苦痛は、私とは比較になりませんよ! しかも朝日新聞のせいで、国連人権委員会の調査内容がいい加減だったことまで一緒にバレちゃったんですよ! 人権委員会に報告書を提出したクマラスワミさんには、彼女が死んでも消せない汚点が歴史上に残っちゃったじゃないですか!

 慰安婦像の製作費用とか、アメリカの上院議員や市長など政治家をこの問題に巻き込むために使ってきたロビー活動の費用とか、国連人権委員会があるジュネーブまでの出張費用とか、韓国人は地道な先行投資を相当額してきたんですよ! お陰様でいい感じで効果が表れてきて、米国内の数か所に慰安婦銅像を設置することにも成功し、 「これでもうすぐ日本政府から多額の賠償金が取れるはずだ!」 と皮算用していたのに、もう計画がぶち壊しですよ! どうしてくれるんですか! 韓国人の真剣な商売の邪魔をしないで下さい!

 それに、世界各国に向けて 「日本はひどい国でしょ?」 と告げ口外交をしてきた朴槿惠大統領についても、なんて恥ずかしい思いをさせてくれたんですか! 日本人は優しくて、潔く謝ると大体のことはすぐに許しちゃうお人よしだから、購読者数が毎日確実に減っていくことさえ気にしなければ、別に謝罪は後回しにしてもいいと思うけれど、朝日新聞は一日も早く、韓国と韓国人に謝罪して、もちろん賠償金も支払わないと、このままじゃ1000年恨まれますよ!


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( 2015.02.18 )

   





 最近はアメリカ人も少しずつ、一部の韓国人が非理性的に日本を叩いている構造に気付いてきました。 昨年、韓国で朴槿惠大統領の名誉を傷つけたとして、産経新聞前ソウル支局長が在宅起訴されました。 どう対応すべきか尋ねてきた 『産経新聞』 の記者に対して、私は 「何もしなくていい」 と答えました。 拘束されて日本に帰れない支局長はお気の毒ですが、とりあえず彼が殺されることはありません。 それならば、しばらく放っておいて韓国当局の愚かな振る舞いを世界に晒したほうがいいのです。

 私が中国と韓国を見て理解に苦しむのは、両国が第2次世界大戦における戦勝国だと自称することです。 そもそも、この2国は戦争に参加していません。 朝鮮半島は日本の一部でしたから韓国という国家は戦争中に存在しません。

 いま韓国人と呼ばれる人たちの先祖は、日本人として敗戦の日を迎えたのです。 そして現在の中国( 中華人民共和国 )を支配する中国共産党は背後からゲリラ活動をしていただけで、実際に日本と戦ったのは国民党です。 しかし国民党は、日本に対しては負けてばかりで、第2次世界大戦後に再開した国共内戦では共産党にも敗北し、中国大陸を追われました。

 はっきりいって、世界の歴史を見て、日本に勝ったのは米国だけです。 彼らが日本戦に関係する 「記念日」 を祝う権利がどこにあるのでしょうか。

 韓国は戦後、独立国として日本と日韓基本条約を結び、莫大な額の賠償金も得たわけです。 国際法の約束として、条約に調印した。 つまり結論が出た以上はもう二度と蒸し返さないのが当然です。 そもそも、父親である朴正熙大統領の大きな功績を踏みにじり、世界中に恥を晒し続ける朴槿惠大統領は何を考えているのでしょうか。




 日本人に求められるのは、もっと積極的に各国に対して自らの主張を訴えることです。 日本は戦争の責任を重く受け止め、謝罪ばかりしていますが、そもそも世界を見渡して、日本のほかに謝罪をした国がありますか。 たしかにドイツはユダヤ人の虐殺に対して謝罪しましたが、これは当然です。 しかし英国が植民地化したインド、香港に対して謝罪した話は聞いたことがありません。

 では、なぜ日本にだけ謝罪を求めるのか。 端的にいって、弱々しく見えるからです。 日本は世界から見ると叩きやすいサンドバッグなのです。 この状態から脱するには、憲法を改正して 「竹島に手を出すな」 「尖閣諸島に近づくな」 「小笠原近辺でサンゴ礁を不法乱獲したら、砲撃して沈没させるぞ」 と宣言しなければなりません。

 以前、私の息子が学校でいじめられたことがあります。 私は息子に 「やり返せ」 といいました。 私がいったとおり、いじめっ子に反撃した息子は学校の規則で停学処分を受けました。 それは規則だからべつに構いません。 父親の私にこの件で怒られるのではないかと息子は恐れていたようですが、私はまったく怒りませんでした。 むしろ息子が自分の権利のために立ち上がったことが嬉しかった。

 日本も、そろそろ祖国の尊厳のために立ち上がるときだと思います。

 具体的には、日本は政府主導で 「戦争における女性の人権を研究する会」 を発足させ、各国に参加を呼びかけるような活動も考えるべきです。 反省の意は忘れず、諸国と共同研究して 「今後の女性の人権のために貢献したい」 と呼びかけてはいかがでしょう。

 ベトナム戦争で民間人へ残酷な行為を犯した韓国は参加できないと思います。 その現実を海外に発信すればいい。 この研究に参加しない韓国の姿勢をニュースにすればいいのです。 「歴史の真実に正面から向き合いたい」 という日本の誠意も全世界に伝わります。

 ちなみに、私が知るかぎり、レイプや虐殺が世界で最も酷かったのはソ連赤軍です。 極論すれば、ソ連の戦争犯罪が酷いのは、慰安婦が存在しなかったからでしょう。 慰安婦がいないから、前線で手当たり次第に婦女を暴行する事例が多いのではないでしょうか。

 つい最近、クリントン政権の一員だったロバート・シャピロ元米商務省次官が韓国の朴槿惠大統領に宛てたビデオメッセージがYouTubeで公開されました。 経済学者の観点で韓国経済に提言をするだけでなく、日本への敵対的な態度やベトナム戦争での韓国軍の蛮行にも触れています。 「( 日韓関係の )古傷が治癒しない理由がここにある」 と、慰安婦問題についても言及しています。 一部に事実誤認もありますが、大筋は事実に基づく内容です。 私の記憶を辿っても、一国の大統領にこういった公開レターが出されるのは前代未聞です。 それだけ韓国の最近の振る舞いは目に余る、ということです。




 私はタレントとして知られていますが、じつは法学博士でカリフォルニア州弁護士の資格ももっています。 その観点から日本国憲法についても考えたいと思います。 1988年に書いた 『ボクが見た日本国憲法』 ( PHP研究所 )で、私は日本の憲法9条を称賛しました。 すでに事実上の軍隊である自衛隊が設置されていたので、9条の条文自体はそのままでも構わないと考えたからです。 でも、いまは考えが180度変わり、すぐに改憲すべきと思っています。 理由は明白で、27年前といまでは日本を取り巻く情勢が大きく変わったからです。 日中関係が安定していた当時は、9条に書かれた理想論にも一定の価値があると考えていましたが、強硬な中国の姿勢を見て、考えを改めました。

 中国の経済力がいまほど高くなく、愚かな振る舞いが国内に留まっていたあいだは、米国の監視下で、日本は国防のことは考えず、経済発展のみに集中できました。 ところが、2000年代半ばから社会主義市場経済が軌道に乗った中国が国力を伸ばし、帝国主義的振る舞いが目に余るようになりました。 しかし米国も、かつてほど 「世界の警察」 の役割を担えなくなってきたのです。

 日本国憲法にはおかしな点が2つあります。 1つ目は、国家元首が明示されていないことです。 天皇は日本の象徴であって、代表者ではない。 他国の憲法ではありえないことです。 2つ目は、 「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」 という憲法9条・第1項の条文です。 日本国の憲法を起草したアメリカ人はどうしてこの条文を盛り込んだのでしょうか。 日本が平和国家になることを心から願っていたからか、それとも自分たちの理想を追いかけようとしただけなのか。 どちらも違います。 これは米国に刃向かった日本に対する制裁措置・ペナルティなのです。 9条のような条項を含む憲法は世界のどこを探してもありません。

 戦後のGHQによる占領政策のなかで、日本の今後について書かれた報告書があります。 民主化や財閥解体、教育改革などの政策は書かれていますが、 「平和憲法」 に関する項目はありません。 9条が、あくまで米国からの 「制裁」 でしかなかった何よりの証拠です。

 憲法の作成自体はじつは難しい作業ではありません。 法学を学んだ私からすれば、憲法の全条文など3時間で書ける代物です。 アメリカ建国のときは前例がなくて大変だったと思いますが、二百数十年が経ち、古今東西さまざまな憲法が制定されたので、民主主義国家のものなら容易に書けます。 独裁国家の憲法は別として。

 そろそろ、平和ボケしていた日本人も目を覚ましたほうがいい。 日本人は 「いまの時代にそぐわないなら、変える必要もあるのではないか」 という疑問を抱くべきです。 憲法を時代や環境に合わせて手直しすることは、世界標準の考え方なのです。 今年は戦争終結70周年の節目の年です。 だからこそ、政府だけに頼らず一人一人の日本人が自国を取り巻く外交の現状や史実を理解し、外に目を向け主張することを始めるべきです。 周辺国の執拗な言い掛かりに屈せず、日本の主張がより世界へ広まる年になることを心から願っています。


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( 2015.02.12 )

  



毛沢東主席の肖像画がかかる北京の天安門。中華人民共和国は戦勝国ではない
 日本人の歴史認識に必ず文句を言う国がある。 実は、米国人である私も、日本人の歴史認識には不満がある。 今日は私の歴史認識を書く。

 「アジア唯一の国連常任理事国は?」 と質問したら、日本人の大半が 「中国」 と答えるだろう。 不正解とは言わないが、正確には中華人民共和国である。 英語は 「People’s Republic of China」。 PRCは同国の略称だ。

 国連常任理事国とは本来、第2次世界大戦の戦勝5ヵ国だった。 しかし、PRCは1949年10月建国で、終戦時には存在しない。 国連加盟は71年である。

 大戦時の 「中国」 とは、蒋介石率いる中華民国( 国民党政府 )である。 だから貴重な文化財は現在も台湾の国立故宮博物院にある。 PRCを建国した毛沢東率いる中国共産党軍( 八路軍 )は当時、ゲリラ組織のようなもので、国民党軍と国共内戦を戦っていた。

 PRCの歴史はわずか65年、米国の3割未満だ。 世界一歴史の古い日本と比べるとかわいそうだが、3%未満になる。

 そんな短い歴史の中でチベットとウイグルに侵攻し、朝鮮戦争と中印戦争にも参戦した。 国内では大躍進政策、空中核実験、文化大革命や天安門事件などで甚大な犠牲者を出したとされる。

 米国人の1人として、PRCに戦勝国を自称されると腹が立つ。 米英仏ソ4ヵ国は、日本やドイツと戦い、多大な犠牲を払って戦勝国になった。 ところが、中国大陸の国民党軍は非武装の日本人居留民は殺しても、日本軍からは逃げ回った。 同胞の中国人を殺し、日本軍の仕業にしたものも多いという。 共産党軍は散発的なゲリラ戦だけだ。

 まともに日本軍と戦うことなく中華民国は政治的理由で戦勝国扱いされた。 その後、PRCはロビー活動の巧みさで中華民国を国連から追い出し、常任理事国の地位を得た。 中国4000年の謀略史は侮れない。

 ところで、ゲリラ組織だった共産党軍が大戦後に軍隊らしく整備され、国共内戦に勝てた理由が意外と知られていない。

 中国大陸の日本軍( 関東軍 )は敗戦で武装解除され、ソ連に全装備を接収された。 ソ連はこの装備を共産党軍に与えたのだ。 残留日本人のうち、軍人や医師、看護婦らが強制連行され、軍事戦略や飛行機の操縦技術、医療などを教えた。 これによって共産党軍は航空隊や砲兵隊、医療班を持つ近代的軍隊になり、国民党軍に勝った。

 PRCは建国時から日本人の世話になり、後に日本のODAと民間投資を得て発展した。 ところが、今は最大の恩人である日本をプロパガンダで貶め、自然を破壊し、軍事的に脅かしている。

 私が、日本人の歴史認識に不満があると言った理由が、ご理解いただけただろうか。





( 2015.02.18 )

  



初代韓国統監だった伊藤博文を暗殺した安重根をたたえる「安重根義士記念館」が、暗殺事件の現場に
開設され、開館式が行われた =1月19日、中国黒竜江省のハルビン駅
 韓国では、安重根アン・ジュングンが英雄視されている。 彼は1909年に、日本の初代内閣総理大臣で、初代韓国統監である伊藤博文を暗殺した人物である。

 韓国では 「反日」 が国是なので、日本の重要人物を暗殺した安重根は英雄とされる。 一方、保守的な日本人はおそらく、 「反日思想のテロリスト」 として捉えている。

 日本でも、幕末に数多くの暗殺を行った新選組を英雄視する人は多い。 倫理面から、暗殺犯はすべてテロリストだと断じることも可能だ。 だから、 「安重根は英雄か、テロリストか?」 という日韓対決に結論が出る見込みは永遠にない。

 しかし、少し調べてみると、安重根は反日思想の持ち主ではないことが分かる。 彼は平和を望んだクリスチャンであり、日本という国や明治天皇に敬意と感謝の念を持っていた。 日韓問わず安重根を 「反日の象徴」 として捉えている人は、史実を調べていない。

 例えば、安重根は暗殺事件の裁判で、日本が、大韓帝国( =李氏朝鮮が1897年から1910年まで使っていた国号 )の皇太子、李垠イ・ウンの教育に尽力したことに触れ、国民が感謝していると述べている。 日清・日露戦争を通じて、日本が朝鮮半島を含む東洋の平和を守ったことも評価している。 明治天皇が韓国の独立をはかり、平和の維持に努めたことも理解している。

 問題は、安重根が、伊藤のことを 「明治天皇の意向に反した政策を朝鮮半島で行う逆臣」 と思い込んだ点にある。 現実には、伊藤こそが李垠を日本に招いて教育した張本人である。 しかも日韓併合反対派の中心人物だった。

 3発の銃弾を受けた後も、伊藤にはしばらく意識があり、犯人が朝鮮人であることを聞くと 「バカな奴だ」 とつぶやいた。 日韓併合に反対ならば、伊藤暗殺は犯しうる最大の過ちだった。

 日韓併合で朝鮮半島は日本の一部となり、朝鮮人は日本国籍となった。 大日本帝国は国家の威信にかけて、朝鮮半島の衛生改善やインフラ整備、産業育成、教育レベル引き上げに取り組んだ。 朝鮮民族の独自性も尊重し、ハングルを普及させた。

 反日でも構わないが、歴史的事実は知るべきだ。 結局、安重根による伊藤暗殺が日韓併合を招き、韓国近代化を加速させた。 結果から見れば、皮肉にも彼は間違いなく韓国を救った英雄である。

 安重根は何者かに嘘の情報を吹き込まれ、それをかたくなに信じたせいで、祖国の大恩人を暗殺する過ちを犯した。 そして、韓国は今、安重根が犯したのとまったく同じ過ちを、国単位で行っている。

 悪質な嘘を吹き込んだ 「無責任な新聞」 は、某船長のごとく見苦しく逃げ出した。 韓国人は最新情報を調査し、各自が冷静に判断して行動しなければ、この先に待ち構えるのは悲劇のみである。





( 2015.02.25 )

  



米軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)
 日本の 「自称平和運動家」 が皮肉のつもりで、 「米国人は戦争が好きだから…」 などと言うことがある。 完全に 「平和ボケ」 である。 無知と曲解にあきれるしかない。

 彼らが愛してやまない日本国憲法第9条は、強すぎた旧日本軍にGHQ( 連合国総司令部 )が科した宮刑( きゅうけい=去勢する刑罰 )である。 後に過ちが修正されて自衛隊が創設されたが、国の規模に比べると人員が少ない。 自衛官の知人が1人もいない日本人は多いと思う。

 加えて、日本は軍事に関する教育や報道に偏向がある。 だから米国人の方が軍隊や戦争を身近に感じていることは確実だ。

 私の父と伯父は朝鮮戦争時に徴兵され、20代の数年を軍人として過ごした。 父が最前線に派遣され、戦死していたら私はこの世に生まれていない。

 私自身は軍隊を経験していないが、18歳の時に徴兵の登録を行った。 抽選結果と戦況次第では、1971年に宣教師として初来日する代わりに、兵士としてベトナム戦争に参加していた。

 戦死、あるいは手や足を失って帰還した先輩は何人もいた。 ジャングルで戦う自分の姿は想像できなかったが、 「もし、抽選で選ばれたら、精いっぱい戦うしかない」 と考えていた。

 24歳の時には、沖縄の在日米軍嘉手納基地に半年間住んだ経験がある。 義弟は陸軍に入り3年間は沖縄勤務だった。 現在も親戚には複数の現役軍人がいる。 友人や、その子供が軍人になったケースは数えきれない。

 つまり米国人にとって軍隊とは、家族や友人の集合体なのだ。 戦争になれば家族や友人が戦地に赴き、悲惨な体験をしたり、死ぬかもしれない。 米国人が戦争を好きになれるはずがない。

 例えば、フランクリン・ルーズベルト大統領は第2次世界大戦への参戦を望んでいた。 しかし、米世論はそれを許さなかった。 だからこそ彼は日本を執拗に挑発し、真珠湾の先制攻撃へと追い込んだ。 米国人も日本人も彼にだまされたのだ。 そして今でも、だまされたままの国民が日米双方に多い。

 ところで軍人とは、祖国や国民を守るためなら自分の命を危険にさらす覚悟を持った、尊い存在である。 だから米国人は誰もが軍人を尊敬し、感謝する。 子供たちは単純にカッコいいと憧れる。

 ところが、日本の 「自称平和運動家」 には、自衛官や在日米軍軍人への尊敬や感謝がない。 自衛隊と在日米軍がなければ、日本に敵意と侵略意思を抱く某国は、明日にも空爆や海岸線侵攻を始めるかもしれない。

 自分たちの生活が軍隊の抑止力で守られている現実を 「自称平和運動家」 は認めない。 彼らの言動が日本を危機にさらし、他国を利する行為だと理解できないのか。 いや、それこそが彼らの真の狙いだと疑っている。

 私は 「自称平和運動家」 の無責任な発言や行動を軽蔑し、激しく非難する。





( 2015.03.02 )

 
    



 戦後70年、中国が対日世論戦を激化させている。 日本をファシスト国家と決めつけ歴史問題で攻勢をかける。

 日本の最善の対処は中国の歴史を古代から現代に至るまでしっかりたどり、中国が直接間接に糾弾する 「日本の歴史的蛮行」 の数々が中国自身の伝統的行動に他ならないことを世界に発信することだ

 慰安婦問題に関して国際社会が日本非難の土台としている文書のひとつに、国連人権委員会特別報告者のクマラスワミ氏の報告書がある。

 1996年2月に同委員会に提出された報告書には数々の 「日本軍の蛮行」 が列挙されている。 実はそれらこそ中国人の所業であることを中国の歴史書が教えてくれる。

 クマラスワミ氏が95年7月に朝鮮半島の慰安婦16人から聞いたという被害証言の中に北朝鮮のチョン・オクスン氏のものもあるチョン氏の証言は北朝鮮側から受け取った記録であり、クマラスワミ氏はチョン氏に会っていないつまり、伝聞 なのだが、その背景に、色濃い中国の影が見てとれる。 チョン氏は次のように語っている。
( 1 )反抗的な態度をとった慰安婦の少女を日本兵が裸にして手足を縛り、くぎの突き出た板の上で転がして血だらけにし、最後に首を切り落とした。 その遺体を煮て、泣き叫んでいた他の慰安婦に食べさせると言った。
( 2 )池を掘って水を張り、蛇でいっぱいにして慰安婦40人を裸にして突き落とし、蛇にかませて死なせ、最後に池を埋めた。 こうして部隊にいた少女の半数以上が殺された。
 氏は一連の証言を基に慰安婦問題はジェノサイド( 大虐殺 )と見なすべきだとの見解を打ち出している。

 日本人は誰しも、これらは絶対に日本人の行為ではないと即座に断定するだろう。 ここに描かれているのは私たちの文明には全くそぐわない。

 一方、政敵や民衆に対してこのような苛酷な罰をいつも与えていたのが中国だったことが 中国の歴史書、資治通鑑 に書かれている

 前述の( 1 )くぎの板による無残な罰は、五代十国時代のびんの国の軍使、薛文傑が考え出した刑罰から始まっていた。 罪人をくぎの突き出た狭い箱に入れて揺らして死にいたらしめる刑である。 また人肉食、罪人も幼子も殺して食べる事例は数限りなくといえるほど、資治通鑑に記されている。

 ( 2 )の蛇の池の罰も五代十国時代の南漢という国の帝が考案した罰で、 「水獄」 と呼ばれていた。

 慰安婦問題で日本批判の戦略戦術を立てているのは、実は、中国なのである。 一方で、中国の実態は、現在習近平主席が挑戦する想像を絶する不正蓄財も、実は何千年来の中国の悪しき伝統であることが、資治通鑑によって明らかである。

 クマラスワミ氏が報告した人間らしからぬ悪魔的所業は日本人の行為ではなく、中国人の伝統的手法だと、国際社会に証明するにはここに引用した資治通鑑をはじめ、中国の歴史書を忠実に英訳し、世界に紹介していくのがよい。 敵を知り、その実態を広く知らせることが、私たちが直面させられている歴史戦に対処する基本である。

 実はこの資治通鑑の内容を麻生川静男氏の 『本当に残酷な中国史 大著 「資治通鑑」 を読み解く』 ( 角川SSC新書 )で学んだ。 資治通鑑は司馬光が編んだ中国の史書で、紀元前5世紀から紀元1000年までの約1500年間の中国史を、全294巻1万ページで描いた大著である。 毛沢東が17回読み返したという同史書の随所にクマラスワミ報告の世界が広がっている。

 クマラスワミ報告の中の蛮行は、中国人の伝統であるのみならず、冊封国家として中国に従属し中華文明の影響を受けた朝鮮民族の行動様式でもあろうか。

 私たちはさらに中国政府がチベット人、ウイグル人、モンゴル人をどのように痛めつけ虐殺しているかについても、そこから思いを致すことができる。

 日本人はクマラスワミ報告をどのようにして読むのだろうか外務省の和訳は公表されていないそこで何人かは、村山富市氏が理事長を務めた 「女性のためのアジア平和国民基金」 の訳を見ているのではないかと思う。

 だがその訳から、 「蛇の池」 の事例がスッポリ抜け落ちている。 同基金は、2007年3月に活動を停止しており、省略理由を問うことはできなかった。 以下は私自身の推測だが、 「蛇の池」 は日本人にとってあまりにも荒唐無稽で、こんな話を入れればクマラスワミ報告への信頼が失われてしまいかねないと、彼ら( 彼女ら )は恐れたのではないか。 アジア女性平和国民基金をはじめ、慰安婦問題で日本を糾弾する人々にとってさえ、報告書はそれほど信できないものだということか。

 それにしても外務省はなぜ当時反論しなかったのか。 雑誌 『正論』 が昨年の6~7月号で掲載した外務省の反論書は立派にスジが通っている。 それを、一旦、人権委員会に配布した後、取り下げた。 村山富市首相がその前年に戦後50年の談話を出しており、時の政権の意向が働いたにしても、外交官の誰一人、立ち上がって反論しなかったのは限りなく情けない。

 首相も状況も変わったいま、私たちは中国研究を進め、中国文明の巨悪と、その対極にあるに違いない善なる側面も、見ていきたいものだ。 中国研究を介して 「敵」 をよりよく知り、日本の不名誉を晴らす大目的を実現するときである。