( 2016.10.07 )





 始皇帝は日出る蓬莱島に不老長寿の仙薬を求めて徐福を遣わした。 今日は共産党指導部が中国系資本で瑞穂の国にやって来て、水などを求めて山林などを買い漁っている。

 活用されていない離島や、人手も足りず買い手もなくて困っていた土地や山林所有者にとっては、有り難い上客、それが中国系資本である。

 買い漁られている土地や山林は、個々には何の関連もなさそうであるが、近々100年の中国の動きに照らして眺めると、後日内乱を誘発するための行動拠点であり、また下流域の住民の死活を制する水源など、国家挙げての戦略が隠されていると見るべきであろう。

 対日工作文書が中日文化交流協会などに対し、 「純然たる奉仕に終始し、いささかも政治工作、思想工作、宣伝工作、組織工作を行ってはならない」 と念を押していた手法そのものである。

 土地や山林の買収も、 「買ってやる」 恩義を感じさせる私人や企業の営業的意志もさることながら、スパイなども暗躍する国家意思によるところが大きいと見なければならない。

 農業や企業が受け入れる技能実習や留学生に対しても、日本人は純粋に技能の習得・伝授や向学心の視点からしか見ないだろうが、中国の場合は、共産党や在日中国大使館の指令下で、日本革命を目指していると見なければならない。

 日本とも交流の深いタイ王国であるが、2001年のタクシン政権発足を発端に、 「体制を揺るがすほどの深刻な政治的混乱が絶えない」。 「中国がタイ王国の内乱への関与を認めるわけがないが、タイの王制を揺るがす混乱は、どう見ても中国の影が濃厚」 であり、 「タイ工作の最終目標がもし万一、タイの王制を廃絶することにあるならことは重大」 で、 「これはわが国にとっても他人事ではない」 ( 関岡英之 『中国を拒否できない日本』 )のである。



水の枯渇で砂漠化する中国

 日本人がODA( 政府開発援助 )で中国において植林支援を行っているが、中国人自身が植林の必要性を理解し、日本の植樹祭のように国家プロジェクトとして努力しなければ何の効果もない。

 余計なお世話だろうが、人民解放軍( 200万人 )だけでなく、予備兵力( 50万人余 )、武警( 70万人弱 )、民兵( 800万人 )などを動員すれば、かなりの植林ができよう。

 これまでの中国( 人 )は植林以上に伐採するので、国土全体としてはどんどん山林面積が少なくなり砂漠化・乾燥化してきた。 その揚げ句、水資源を外国に求め、あるいは、下流に恩恵に与るべき水源を抑えて、自国の欲求のみを満たそうという姑息が目立つ。

 かつて杜甫は自国を 「城春にして草木深し」 と詠んだが、今では中国の森林率は21.9%( 日本は68.52%、世界平均は30.3% )でしかない。

 森林が遍在しているとされる四川省でも1950年代は3年に 1度の旱魃が、70年代には 10年間に8回も起き、近年はほぼ毎年起きていると報じられる。

 千湖の省と言われた湖北省には、建国時( 1946年 )は正しく 1066湖あったが、81年には309湖に減ってしまったという。 近年の報道では洞庭湖の5分の3は干拓され、鄱陽湖も半分が干拓され、湖底は年々3メートルも上昇して消失が懸念されている。

 中国政府は河南の揚子江から大運河で北部に水を流す 「南水北調」 の大プロジェクトを進めているが、上述のように南部自体が枯渇しつつある。

 インドシナ半島のタイ、カンボジア、ラオス、ベトナムを潤すメコン川、および南アジアのインド、バングラデシュを流れるブラマプトラ川にダムを造ってせき止め、下流の国々から問題提起されている。

 日本の水源が狙われても不思議ではない。 人里離れた北海道や和歌山県の山奥の買収は、水源確保の目的があるに違いない。 メコン川などの事例からは、途中でせき止められ、根こそぎ持って行かれるかもしれない。

 そうなると、下流に生きる村々や田畑が荒廃し、あるいは寒村・廃村の憂き目に遭うこと必定ではないだろうか。

 日本では水源は下流に住む皆を潤す共同の恵みであり、決して独占したりはしない。 しかし、中国人は違う。 ウイグルで中国が行ったこと、またチベットに源流を持つメコン川やブラマプトラ川で行っていることからは、下流域に枯渇をもたらしても、自分たちが独占する意識しかない。



チベットやウイグルの二の舞

 フランスで起きたテロを契機にして、中国はテロ撲滅で国際協力をすることを口実に、自治区や少数民族の監視を強化していると報道されている。

 2016年 1月来日したチベット亡命政府のロブサン・センゲ首相は、近年、生体認証機能のあるIDカードの所持をチベット人に義務づけ、 「中国当局が移動を厳しく管理して、政治活動を制限している」 ( 「産経新聞」 平成28. 1.10 )との認識を示している。

 また、チベット高原の気温が世界平均の2~3倍のペースで上昇し、氷河消失が加速しており、 「アジアの水源が深刻な危機に瀕している」 と語り、原因は 「中国政府によるインフラ整備や資源開発、人口流入」 などであるという。

 チベットは先述のメコン川とブラマプトラ川の水源である。 中国がチベットを手放すはずがないとみられる大きな要因でもあろう。

 中華人民共和国が成立して2年後に、中国は人民解放軍を進駐させる。 その5年後に自治区準備委員会を発足させ、武力鎮圧を進めている。

 中華人民共和国が成立する年に、東トルキスタン( 現在の新疆ウイグル自治区 )共和国政府の首脳陣が飛行機事故で死亡する。 時を移さず人民解放軍が進駐し、共産党の実効支配がスタートする。

 その5年後、進駐していた 「西北野戦軍第一兵団」 の退役軍人を中心に屯田軍事組織 「新疆生産建設兵団」 を発足させ、主要都市と主な水源地に配置する。

 平時は役所や企業に勤務し、また農場を経営するが、いったん有事になると武器を取り、ウイグル人を鎮圧する予備役の大集団である。

 南モンゴルでは1936年、毛沢東がモンゴル独自の国家・政府を樹立することを支持表明し、チンギス・ハーンの後裔である徳王の蒙古軍政府が、中華人民共和国成立後もやや距離を置いた状態で形を変えながら存続する。

 しかし、1966年に徳王が死去すると、中国政府と中国人主導のモンゴル人ジェノサイドを開始する。 69年、北京軍区が 「内モンゴル生産兵団」 を成立させ、草原開拓を推進し、環境破壊が進む。その半年後、モンゴル自治区は軍事管理下に置かれた。



研修生らはトロイの木馬

  「朝日新聞」 ( 2010.4.26 )に、中国の雲南省大理自治州から日本へ来る研修生( 現在は特定活動と一体で技能実習というが、そのまま使用する )のルポがある。 発展する中国沿岸部からの研修生は減る一方であるが、就職難の内陸部からの若者は増えているという。

 研修生を求めて徳島県からやって来た農家の主人は、研修生約20人の中から最も好感を持った19歳の女性を選ぶ。 山奥で暮らしているので足腰は強く、真面目な両親の娘だからしっかりしている、とべた褒めである。

 派遣会社が労働者を海外派遣すると、国、省、地元州、それぞれの政府から会社に報奨金が出るという。 社長は雲南省( 人口約4500万人 )からの派遣は始まったばかりで、研修生になる可能性がある人材は200万人おり、10~20年は続くとみている。

 韓国や中東にも研修生を出すが日本の待遇が一番良いそうで、2003年に開業して以来、静岡や千葉などに約300人の研修生を派遣しているという。

このように、日本は農業や企業で中国の若者を研修生として受け入れ、労働力であると共に日本の理解者になってくれると単純に考えている。

しかし、こうした若者たちは中国共産党指導部の愛国心高揚策から、反日教育を受け、30万~40万人の市民を南京で大虐殺した、あるいは20万人の慰安婦を性奴隷にした悪徳な犯罪国家・日本というイメージを焼きつけられている。

個人個人は国家を感じさせる行動は取らないかもしれないが、北京オリンピック時の長野トーチ・リレーや福島原発事故で見せた集団行動のように、一朝ことがあるときは、日本に弊害をもたらしかねない若者でもある。

日本は農業や製造業で働く研修生を2008年は約10万2000人受け入れ、うち約7割の6万9000人が中国人であった。 しかし、リーマン・ショックや福島原発事故が起きた時など、入国者が急減したり、一斉に引き上げたりするので日本は著しい影響を受けてきた。

ここ数年の中国人技能実習は4万人前後であるが、行方不明者が2012年度( 1532人x0.7 )1072人、13年度( 2822人×0.7 )1975人、14年度( 3139人×0.7 )2197人くらい出ているとみられる。

派遣会社社長は 「日本に行けば、どんなに辛くてもやめられない。 雇い主に服従する労働者の本分をしっかり理解させる」 と強調し、出国前に3~4か月の合宿を行い、自己を厳しく律する訓練をするという。

礼儀作法や日本語も教えるが、合間には 人民解放軍から派遣された教官の指導で、迷彩服を着て軍事訓練も受けている

一地方の報道でしかないが、関岡英之氏は 派遣事業が国策化し、軍事訓練までも受けていることから、 「事実上、屯田兵すなわち 『日本生産建設兵団』 の要員の募集、養成、派兵制度ではないか」 と訝り、 「かつて東トルキスタンで起きたこと、そして王政が廃絶されたネパールや、王政が危殆に瀕するタイ王国で起きていることを思い起こせば、いくら警戒してもし過ぎることはない」 と忠告する( 『中国を拒否できない日本』 )。



国防動員法公布直後の状況

 2010年2月26日に国防動員法が成立し、7月 1日に施行された。 その間の3月 1日には海島保護法を施行し、退役艦艇を漁業監視船に改造して無人島周辺の巡視を始めている。

 この前後から、日本での山林等の買い漁りが目立つようになったと言われる。 国防動員法公布後の中国の動きをざっと見ると以下の通りである。
4月08日艦載ヘリコプターが海上自衛隊護衛艦に異常接近
4月10日艦艇10隻が沖縄本島と宮古島間の公海を通過、潜水艦も浮上して示威行動
4月12日鳩山由紀夫首相、ワシントンでの日中首脳会談で抗議せず
4月21日艦載ヘリ、海自護衛艦を2周旋回して挑発行為をする
5月03日海洋局監視船、奄美大島沖のEEZ内で海保の測量船に作業中止を要求して、4時間にわたり追跡
5月中旬 中国各地の外資系企業で賃上げ要求スト( 広東省仏山のホンダ部品工場が皮切り )
7月01日国防動員法施行、日本がビザを中流層まで緩和
9月07日領海12カイリ内で操業中の中国漁船が、海保の巡視船に追突
 このように、海自の護衛艦に示威・挑発行動を取り、領海侵入を警告する海保の巡視船に対して追突する行動に出たのである。

 日本が船長を逮捕・拘留すると、事前に計画していたと思われるように、次から次に圧力をかけてきた。 米国高官は 「中国は日本を試した」 と言ったそうである。

 中国は国防動員法を補強する国防交通法を来年から施行する。 「特殊な状況」 と認定すれば、在中国日本企業の輸送手段も軍事目的に供出させられることになる。



おわりに

 中国人へのビザはめまぐるしく緩和されてきた。 ひとえに観光などで日本に来てもらいたいからである。 しかし、富裕層が買い物でカネを落とすならばともかく、

 来たる 10月 17日からは、商用目的や文化・知識人対象の数次ビザの有効期限が現行の5年から10年に延長される。 同時に、学生らの個人観光ビザも申請手続きが簡略化される。 只々入国者数の増加、3000万人目標を目指すビザの緩和である。

 純粋に観光客などの増大に寄与するならば、取り立てて問題視することはない。

 しかし、韓国人やフィリピン、ブラジル人などと違い、中国人の行動様式は全く異なり、日本の共産化を目指す中国共産党の意図が陰に陽に働いており、日本社会の安全・安定にかかわる大問題である。

 中国大使館( 東京 )や名古屋・新潟総領事館の敷地が異常に広大であるばかりでなく、相互的である公館敷地は賃貸が基本であるが、中国に限って購入・所有している。

 中国公館のある主要都市や、北海道や和歌山、その他全国にまたがる中国系資本で買い占めた山林の水源地を抑え、そうしたところに退役軍人や人民軍の教育・訓練を受けた技能実習や留学生、あるいは多数の行方不明者などが、 「日本生産建設兵団」 として活動すれば、ウイグルや内モンゴル、さらにはチベットの二の舞となること必定ではないだろうか。

 まししてや、国防動員法の施行によって、平戦結合、軍民結合が可能になったときでもあり、内政・外交共に困難に直面しつつあるように思われる隣国である。






( 2016.10.31 )

  



 10月4日の衆院予算委員会では丸山穂高議員( 日本維新の会 )の質問に対し、安倍晋三首相は 「安全保障上、重要な国境離島や防衛施設周辺での外国人や外国資本による土地取引・取得に関しては、国家安全保障に関わる重要な問題と認識している。水源の保全についても重要な観点と思っており、対応を検討していきたい」 と答弁した。

 2日後の6日には、対応策の検討に向けて調査に着手したと、菅義偉官房長官が記者会見で語った。 維新の会は安全保障上の観点から国が中止命令を出し、罰則を設けるような法案の提出を今国会中に目指すとしている。

 中国が国防動員法を制定した2010年頃から、中国系資本による日本の土地・山林購入などが顕在化し、安全保障などの観点から議論され、森林法は2012年に改正された。 しかし、取得後の報告となっており、規制にはなっていない。 水源地保護に関しては、 17道県が条例で事前の届け出を義務づけているだけとされる。

 

 使

 

 尖閣沖での漁船追突事案では、事案に関わる法律戦・心理戦・世論戦の三戦どころか、相互交流の停止など日本の予測をはるかに超えて中国は次々と手を打ってきた。 正しく超限戦の具体化であったのだ。



日本海に埠頭を築く中国

 中国はロシアとも緊密な連携を保っている。 9月、中露は南シナ海で共同訓練を行なった。 中露は、日本海( ただしロシア沿海域 )での合同演習を2013年、2015年に行った。

 ロシアは 「アジア・太平洋への影響力」 の再興を目指しているとされるが、中国は北極圏航路を欧州との商業に活用してコスト削減を図りたい意向で、日本海の内海化が基本にあると思われる。

 報道によると、中国はロシアと共同で、ウラジオストクの南西、中国国境から約18キロしか離れていない、北朝鮮にも隣接した場所に年間6000万トン( 横浜港の約半分 )の貨物を取り扱う北東アジア最大の貿易港を建設する計画を明らかにしている。

 ロシアはこの巨大港湾からシベリア産の石油や天然ガスをアジア地域に輸出する一大拠点にすることになり、中国はエネルギー供給先の多様化に資することにもなる。

 具体的な場所は明らかになっていないが、ポシェット湾のいずれかの地点と見られている。 かつて渤海国があった時代の渤海使はポシェット湾から出港して日本に向かったと言われる。

 この港湾の安全を守るためにも、中国は北朝鮮から租借している羅津港の埠頭を死守しなければならない。 羅津港は 1932年に日本が満州国と日本本土を結ぶ最短交易港として開港したもので、 1965年にはソ連が租借してベトナム戦争の軍事物資の輸送拠点としている。

 中国は2005年に50年間の租借権を得た。 中国国内と羅津港に通ずる幹線道路の拡幅工事も行う約束で、道路の使用権を得ている。

 使用形態は、中国が北朝鮮の国土を借り上げ、そこで中国が行政権を執行するというもので、帝国主義と植民地主義を現代に蘇らせた、まさに現代の植民地である。 中国が北朝鮮を見捨てられない理由の第一であろう。

 中国は周辺一帯の開発も行い、中国資本と中国企業の進出が相次いで予定されている。 羅津港の租借で、中国はこれまで手にしたことのない日本海への直接の出口を得たことになる。

 桜井よしこ氏によると、金正恩体制になって、さらに羅津港に第4、第5、第6埠頭の建設権を得て租借している( 既存の第 1埠頭は対中貿易、第2埠頭は半島貿易、第3埠頭は対露貿易に主として使用か )( 『中国に立ち向かう覚悟』 )。

 また、氏は 「中国は必ず、日本海を中国の物流、貿易のために利用するであろうし、それは日本海が中国の内海になりかねない危険性を示唆するものだ。 さらに、これまでの中国の日本に対する振る舞いをみれば東シナ海も日本海も本来は中国の海だという主張につながっていくことを私たちは覚悟しその危機に備えなければならない ( 『異形の大国 中国』 )ともいう。



北朝鮮を追い込みたくない中国

 中国が議長のG20( 2016年9月 )がまさに閉幕しようとした時、北朝鮮がミサイルを発射した。 これに対し、韓国外務省は 「このような挑発によって北が得るものは何もなく、韓国政府と国際社会の制裁と圧力を一層強化させるだけだ」 との声明を出した。

 一方、中国外務省は 「現在の朝鮮半島の情勢は非常に複雑で敏感、関係各国が情勢を緊張させるような行動をとらないよう望む」 と述べた。

 中国の発言は北に対する抑制ではなく、北を喜ばせるだけの声明であった。 なぜ、中国がこれほど北に対して弱腰なのか。 前述のように、韓国に飲み込まれないで存続してもらわなければならないからである。

 北朝鮮は9月9日に第5回目の核実験をした。 国連では制裁が問題になったが、中国の 「抜け穴」 が課題となっていた。 北朝鮮に対する国連安保理の 「新しい制裁決議」 について、慎重だった中国が 「同意」 の意向を示したが、国際社会の批判をかわす思惑からとみられ、制裁の中身が注目された。

 韓国外相が中国外相と約 1時間に及ぶ電話会談で、王毅外相が制裁に同意したことになったが、中国外務省の副報道局長は 「安保理は更なる対応をとる必要があるが、制裁は必ずしも最終目的ではないし、唯一の手段でもない」 と語り、 「対話と協調が重要だ」 と強調している。

 「産経新聞」 ( 平成28年9月29日 )によると、北朝鮮の核開発を支援した疑いで中国の女性実業家が拘束された。 デパートの店員だった女性は、1996年ごろから北朝鮮貿易に携わり、その後会社を設立して衣類や食料の輸出のほか、水面下では核開発関連物資のほか通常兵器の関連部品も大量に輸出し、北朝鮮の鉱山採掘権まで得ていたという。

 2011年から15年の間の貿易額は5億32000万ドル( 約530億円 )に達したとみられる。 度重なる安保理決議による制裁で、外交ルートは逐次閉ざされてきたが、女性実業家が貿易できたのは軍と党のルートは影響を受けていなかったからではないかといわれる。

 北京から報告した矢板明夫特派員( 産経新聞 )は、 と総括する。

 中国は、これまでも国連の制裁に賛成しながら、監視の目を潜り抜けてきた。 2012年12月、北朝鮮が長距離弾道ミサイルを発射した時、 「国防関連の軍需企業は資産凍結の対象」 とする制裁決議が行われた。

 しかし、翌13年10月、中国が丹東で開いた国際見本市には、制裁対象企業の参加を認めており、対応が疑問視された。

 中国が北朝鮮の制裁に本気でないことは、しばしば指摘されてきたことである。



山林や無人島のチェックが必要では

 自民党は有人国境離島を守る動きを漸く始めた。 数年前、東京などでのガソリンが1リットル当り120円前後の時、対馬を訪問したが、対馬でのガソリン価格は170円ほどであった。

 韓国資本で自衛隊駐屯地や基地周辺の土地やホテルなどが買い占められ、 「対馬が危ない!」 と叫ばれていた頃でもあったので、有人離島の振興が行われているに違いないという意識が強かったので、ガソリン価格を聞いたとき、まずは間違いだろうと思い、次に驚きと怒りが込み上げてきたことを思い出す。

 島民によると、いつも福岡・長崎などより50~60円は高いという話であった。 これでは過疎化が進むのは当たり前であろう。 ほとんど離島対策など行われていなかったのだ。 住民以上に来島者がおり、そのほとんどは韓国人である。 何かあっても対処のしようがないとホテルの女将から聞いた。

 しかし、有人離島には人がおり、島内における色んな情報が得られる。 ところが、

 入管などの発表では、技能実習を受け入れている企業の7割、約3700社が違法就労させており、契約と違うなどの理由で離脱して行方不明になる者も多いそうである。 その数は2012年1532人、2013年2822人、2014年3139人となっている。

 技能実習の約7割約4万人は中国人であり、行方不明者にもこの比率を適用すると、中国人行方不明者は2012年1072人、2013年1975人、2014年2197人となる。

 留学生も約20万人のうち7割が中国人留学生である。 留学生も2~5%が落ちこぼれなどで脱落し行方不明になると言われる。 少なく見積もっても、中国人留学生は2800人( 20万人×0.7×0.02 )位になる。

  その中の一部はコンビニエンスストアやホテル、あるは建築現場などで働いている者もいるであろうが、残余は買い占められた山林や無人島などで、何らかの理由で匿われているかもしれない。

 使



日本軍に通じていた中国要人

 日本の士官学校で学び、また軍隊に入隊して後、中国に帰国して対日工作の諜報員や政治家として活躍した中国人は多い。

 廖承志は東京生まれ( 中国生まれという人もいる )で、のちに中国に帰り中日友好協会会長にも就任した人物であるが、対日工作の第一人者であった。

 廖と共に行動したこともある呉学文は日本の陸軍士官学校卒業で、 「田中( 角栄 )内閣誕生までの裏工作をはじめ、田中訪中までの政治工作等で中心的な役割を果たし」 た工作員( 福田博幸 『中国対日工作の実態』 )であったという。

 中国共産党に最大の情報を提供していたとされる王梵生も東京陸軍経理学校を卒業し、帝国大学( のちの東京大学 )に学び、日本に亡命する。 その時、京都大学総長の荒木寅三郎や内藤湖南らの学者とも意見交換し、安岡正篤氏ともつながる人物となる。 その王梵生の正体は、福田氏によるとゾルゲ機関の対日工作員である。

 安岡氏が戦前・戦後の日本の指南的な存在であったことはよく知られている。 しかし、氏が 「( 在日中国 )大使館におられる王梵生さんという方は実にすばらしいお方でございまして、私はしょっちゅうお話を伺っております」 ( 前掲書 )となれば、我々日本人はどう考えたらいいだろうか。

 福田氏は安岡氏が 「戦前戦後を通じて中国共産党の大物諜報工作員に取り込まれた、日本のトップシークレットを知る 『重要情報源』 であったことを知る人はいない」 と断じ、安岡氏を評して 「論語読みの論語知らずの一言に尽きよう」 と述べている。

 戦犯として逮捕・処刑されるところであった安岡氏を救ったのは、王梵生が蒋介石に 「殺してしまったら利用できなくなる」 と激しく迫ったからだと言われる。

 この安岡氏が日中国交のために、日華( 台湾政府 )断交の文面を認める。

 文面を見た蒋介石は 「中共がアジアから世界全体の赤化を欲していることは、すべての人々が熟知しており、( 中略 )何を期するところがあって、こうも慌ただしく信に背き、義を断ち、狼を部屋に引き入れ、盗賊を冷遇するようなことをなさるのでしょうか」 と、恨み節に似たことを書いている。

 数年前のスパイ事件で記憶に新しいのは李春光である。 TPP加盟阻止を最大の目標に農水副大臣に積極的に接触していた。 日本人が聞いても全く違和感がない日本語能力を有していた李は1993年に、洛陽市から友好都市の須賀川市( 福島県 )に国際交流員として初来日し、95年には福島大学大学院に入学する。

 1999年には中国政府のシンクタンクである 「中国社会科学院」 の日本研究所副主任で、松下政経塾の海外インターンとして 「特別塾生」 になる。 ここで政治家などとの接点を持つことに成功する。 4度目の来日は東京大学東洋文化研究所入所である。

 このようにして、政財界や学界などとのつながりを育成していった李が、 「中国外交官スパイ」 として報道されると、 「彼がスパイ まさか」 と言うように、 「李春光が接触してきた松下政経塾や政府関係者の反応はいかにもお粗末な様相を呈した」 ( 中西輝政 「戦後最大の諜報案件 『李春光 』」、 『WiLL』 2012年8月号所収 )のである。

 ともあれ、



自衛隊にも帰化中国人がいる

 問題は過去ではなく、現在、そして将来である。 数年前、日本に帰化した中国人が少年工科学校( 現高等工科学校 )に学び、その後防衛大学校へと進んだことが週刊誌などで報じられた。 その後、彼の妹も防大に学んでいることが分かった。

 妹は国会で取り上げられたこともあり、 「ハニー・トラップ騒動」 ( 「週刊文春」 2014.7.17 )や 「中国の女スパイ」 ( 「週刊新潮」 同 )などとして騒がれた。 しかし、防衛大学校校長は、 「普通の日本人」 としていかなる質問にも問答無用の対応であったし、防衛省当局も一般学生と同様であるとした。

 2010年から2014年にわたって週刊誌や 「SAPIO」 などで報道されたこの兄妹は、既に自衛官になっているのであろうか。 自衛官であるならば、いまどこで、どんな職務についているのであろうか。

 こうした報道の結果、明らかになったことは防大の 1学年約500人のうち10人前後の帰化中国人がおり、増え続けているということである。

 超限戦理論では経済、法律、文化、情報、在外移民などの非軍事的要素も戦争概念に含めるし、軍事部門と非軍事部門に限界線がなく、むしろそれを超克すべきだとしている。 こうした点からも、華僑や華人( 日本生まれ )だけでなく、帰化中国人にも容赦なく指令が行くであろうことは想像に難くない。

 もちろん、純粋な気持ちで日本に帰化した元中国人もいる。 その 1人に、文筆で活動している石平氏の名を挙げることができる。 日本に留学した氏は、中国で失われた 「風橋夜泊」 の景観を京都に見出し、 「わが安息の地( は ) 日本」 と思い定め、帰化を決意する( 『私はなぜ中国を捨てたか』 )。



おわりに

 習近平の中国共産党指導部は 「中国の夢」 実現のために、国内的にはメディアを総動員して反腐敗の名目で汚職高官を摘発し、また軍の改革を実施して主席に近い人物を主要な指揮官に登用するなどして体制固めをしてきた。

 一方、対外的には国際法や仲裁裁判の判決を無視する傍若無人で、国連常任理事国としてあるまじき振る舞いを見せている。 友好国を増やす手段は国際信義ではなく多額の資金協力である。 こうした振る舞いが一時的に中国への同調国を増やし、間違ったシグナルとなって大胆な行動を許さないとも限らない。

 こと、日本に関して言えば、フィリピンが中国と和解を模索していることから、南シナ海を小康状態に保ち、余力をもって東シナ海、さらには日本海まで進出して、着々と内海化していく動きも予測される。 こうなれば、日本の防衛力が分散され、安全保障にとって由々しき問題である。

 ただ、社会の安定度を示すとされるジニ係数( 0.4以上は危険領域とされる )を、中国は2003年以降公表せず、2013年に一挙公開した。 公表数値( 0.473~0.491 )を見ても0.4の警戒ラインを超えているが、中国の大学や非政府系の研究機関は独自に推計し、2010年は0.61としたところもある。

 実際、中国の暴動・デモ件数は年々増大( 2005年8.7万件、2011年約20万件 )して、2012年の公安費( 7018億元、約9兆 1千億円 )は国防費( 6703億元、8兆7千億円 )を上回ったとされる。

 これからも分かるように、多くの内部矛盾を抱えている。 毒餃子事件も漁船追突事案も、事象が日本だけで発生していれば完全に日本のでっち上げにされるところであった。 諸外国で同様の事象が前後して起き、ようやく中国犯人説が明確になった。

 超限戦( や孫子の兵法 )はそんな矛盾にこだわらず、すべてを活用して、 「呼べば集まり、集まれば戦い、戦えば勝つ軍隊」 をモットーにしている。

 日本はそうした中国の現実に目を向け、対処戦略を練らなければならない。 小さなことだからと目をつむっていると、そこがアリの一穴となって拡大していくこと必定である。

 



( 2016.11.16 )

   


 '15年は6530万人もの難民が命の危険を訴え、世界をさまよった。 一方、日本にも難を逃れ平穏に暮らす難民たちがいる一方で、制度を食い物にする “難民” たちも現れた。 生死の境をさまよった末、辿り着いた国は楽園か?



 中東情勢が混乱し、欧州に大量の難民が流入していることは日本でも知られている。 UNHCR( 国連難民高等弁務官事務所 )の統計によれば、'15年末時点で世界の難民は6530万人。 前年より580万人増えて過去最多となり、世界は 「難民の時代」 に突入している。

 難民認定申請者数と認定者数 この事態に臨んだ安倍首相は、9月にニューヨークの国連本部で開かれた 「難民と移民に関する国連サミット」 において、日本は難民支援策として総額28億ドル( 約2800億円 )を拠出すると表明した。 だが、'15年の日本での難民申請者7586人のうち日本政府が難民として認定したのは、たったの27人。 素人目からすればいかにも少ない。 これでは 「難民に対して門戸が狭い」 と海外から批判を受けても仕方がないだろう。




 ところが、出入国管理及び難民認定法( 入管法 )の運用面にフォーカスすると景色が変わってくる。

 民主党の政権下でそのように改められました と法務省入管担当者が説明するように、難民認定申請を繰り返すことで難民認定希望者は半永久的に日本で暮らせる。 入国しさえすれば、彼らには道が開ける。

 もちろん、この “優しい” 状況に対して憂慮する声もある。
「最近は、ミャンマーやネパールから技能実習生として来日して企業に派遣されても、入社初日から会社に来ないで難民申請するケースが増えているようです」
 そう語るのは、ベトナム人の技能実習生と日本の企業を仲介している協同組合グラン副理事長・五百部敏行氏。 同協会のように、実習生を企業に紹介する立場からすれば信用が丸つぶれとなり、受け入れ先の企業としても、生産活動に大きな支障が出るのは必至だ。

 しかし総体としては、その程度のリスクなど物ともせず、多くの企業が外国人技能実習生制度を利用している。 少子高齢化や地方の過疎化などによる労働力不足は深刻で、背に腹は代えられないのだ。

 そんなハードな現場で神経をすり減らす五百部氏が、半ば呆れ気味に眺めているのが留学生問題だ。
「日本語学校に通う生徒の約8割が、留学を名目とした出稼ぎ労働者です。 技能実習生はあらかじめ決められた職種にしか就けませんが、留学生は週28時間以内で、風営法対象外の職種ならなんでも就労できます」
 日本語教育の質向上を目的とする一般財団法人日本語教育振興協会( 日振協 )によれば、'15年末時点で日振協認定の日本語教育機関に籍を置く留学生は、約5万人。 中国が過去 10年にわたって不動の 1位だったが、'13年からベトナムとネパールが異常なペースで増加しており、両国の出身者を合わせれば中国を抜いている。 両国で日本語学習熱がかくも急に高まるとは、にわかには信じがたい。

 日振協専務理事・高山泰氏は、 「当協会の加盟校では、学生選抜のための基準を設けたり、各学校の生活指導担当者で会議を定期的に開いて、情報の共有に努めたりしています」 と前置きした上で、留学生が起こす事件のうち、日振協加盟校の生徒によって引き起こされる事件は少ないと指摘する。
「最近、当協会に属さない日本語学校は年に40~50校ペースで増えていますが、定期チェックがされていません。 我々がタッチできない以上、入国管理局が指導するしかないが、一校一校を管理するのは現実的に難しい問題です」
 外国人への日本語教育によって日本社会へ貢献することを標榜する彼らにとって、日本語学校が出稼ぎと犯罪のイメージで語られることは、頭の痛い問題だろう。

 一方で、技能実習生・留学生を手駒としてリクルートしている犯罪組織も存在する。 日本の今の状況をどう捉えているのだろうか。

 日本で暮らして20年超になる自称カンボジア国籍の仲介業者Y氏と、来日して3年のベトナム人G氏との接触に成功した。

 「Gはもともと、ベトナムの警察官を辞めて技能実習生として来日したが、今は派遣先の企業から逃げてきたので、匿っている」 とY氏は流暢な日本語で説明する。

 G氏はベトナムから技能実習生として日本に向かうための書類作りの名目で、ブローカーに 120万円を支払っており、来日時点ではそれが丸々借金になっていた。 バイク窃盗と海外密輸の片棒を担いで債務を返済し、まとまった資金を稼いだため、そろそろ日本を離れる腹づもりだという。 飛行機に乗る際にオーバーステイで捕まってしまうのでは? と記者が疑問を投げるとY氏は 「日本の入管法はユルユルだから」 と鼻で笑う。
「国に帰りたくなったら、入管に出頭すればいい。 逮捕されるのでなく自発的に出頭すれば、優良外国人とみなされて、 1年後にまた同じ名前で日本に戻ってこれる」
 またY氏は、来日してくるベトナム人ともともと日本にいるインドシナ難民との偽装結婚も仲介している。 日本政府に定住を認められている難民と結婚すれば、外国人でも在留資格が与えられるのだ。

 「あと5年ぐらいで、日本にいる外国人労働者の大半がベトナム人になる」 とY氏は不敵な笑みを浮かべていた。

<日本と難民の関係年表>
'48年4月3日 : 韓国政府が済州島民を大量虐殺し、逃れた島民が大挙日本に流入
'50年6月25日 : 朝鮮戦争が勃発し、戦火を逃れた韓国人が大挙日本に流入
'51年7月28日 : ジュネーヴで「難民の地位に関する条約」成立
'53年7月27日 : 朝鮮戦争休戦
'75年4月17日 : カンボジアでポルポト政権成立
'75年12月2日 : ラオス人民民主共和国成立
'75年   : 共産化したインドシナ三国を逃れた難民が大量発生し、日本は計1万1000人を受け入れ
'78年   : 「クルド人国家の樹立」を掲げてクルド労働者党(PKK)が活動開始
'81年10月3日 : 日本が「難民の地位に関する条約」に加盟
'88年   : ミャンマーの市民権法により、ロヒンギャがミャンマー国籍を剥奪される
'91年1月17日 : 湾岸戦争勃発
'91年2月28日 : 湾岸戦争終結後、約150万人のイラクのクルド人が難民化
'09年9月16日 : 日本で民主党政権が発足
'10年7月1日 : 日本の「出入国管理及び難民認定法」改正法が施行
'15年10月16日 : 超党派による日本クルド友好議員連盟が発足
'15年10月25日 : 在日本トルコ大使館前でトルコ人とクルド人の衝突が発生



( 2016.11.25 )

  





主な国籍別難民申請数('15年)
ネパール1768人
インドネシア969人
トルコ926人
ミャンマー808人
ベトナム574人
スリランカ469人
フィリピン299人
パキスタン295人
バングラデシュ244人
10インド229人
11中国167人
12ナイジェリ154人
 わが国に多数の外国人が難民認定希望者として押し寄せている現状に対し、元刑事の坂東忠信氏は、社会秩序の維持の観点から警鐘を鳴らす。
「国内治安維持のため、難民申請者受付は無制限に審査を開始せず、まず出身国の情況を精査し受け入れ対象国を絞る。 また警察庁の国籍別犯罪検挙統計を元にした合理的なフィルタリングが必要です」
 その上で、個別の事例を審査する際に安易な同情は禁物だという。
「難民はかわいそうな人たちという思い込みで彼らを受け入れるのは危険です。 例えば、 『自分は中国政府にマークされているので帰国できません』 とアピールするために日本で民主化運動をやっている中国人が実在します」
 中国人に限らず、帰国できないのか、したくないのかを見極める必要があると坂東氏は指摘する。 「難民 = かわいそう」 の論理をベースにしてしまうと、際限がなく、国民の負担が増えるというのだ。
「これから新しいタイプとして、 『環境難民』 の出現を私は想定しています。 東京五輪に向けて受け入れる外国人肉体労働者は建築ラッシュが終わっても帰国せず、祖国の環境破壊などを理由に難民申請する可能性は十分にあります」
 荒唐無稽に聞こえてしまうが、坂東氏によれば極めてリアリティがある展開だという。
「来日労働者の大多数を占める中国の環境破壊は凄まじい。 北京市内のがん患者数は 15年前の550%増、中国の肺がん患者は'25年までに 100万人に達すると言われ、水質汚染も解決の糸口が全くありません。 内乱の危険さえある将来、帰国できない、強制送還されたら死んでしまうと主張すれば、環境市民団体が加わって、 『かわいそうな環境難民』 はその立場を構築するでしょう」
 将来、偽装難民や不法滞在者の強制送還不能に陥る前に、今、毅然と水際で対処する姿勢を坂東氏は入管行政に求めている。





( 2017.03.09 )

  


 もしも 「第二次朝鮮戦争」 が起こった場合、単純な 「勝ち負け」 とは別のあらゆる問題が起こる ……



 金正男氏の暗殺事件に、相次ぐミサイル発射、繰り返される荒唐無稽な陰謀論。

 合理的な判断が期待できず、いついかなる形で暴発するのかわからない北朝鮮の動向に日本は警戒を強める必要があるのは言うまでもない。

 もっとも、北朝鮮が暴発したときに、最初に攻撃対象となる可能性が高いのは韓国かもしれない。 なにせ両国はいまだに 「休戦中」 に過ぎないのだ。

 もしも第二次朝鮮戦争が起きたらどうなるのか。

 実は日本では、防衛庁( 当時 )がすでに1993年の段階で、シミュレーションをおこなっていた。 その内容をまとめた文書が 『K半島事態対処計画』。 朝鮮半島が緊迫したり、紛争が勃発した時、自衛隊がなすべきことを示した指針である。

 実際の戦闘もさることながら、日本にとって大きな問題と想定されているのが、難民問題だ。 この秘密文書を読み解いた書籍 『自衛隊 vs. 北朝鮮』 ( 半田滋・著 )によれば、文書には 「難民対策」 の項目がある。

 そこでは、戦火を逃れ、避難避難する難民の発生率は 「紛争開始直後に約 1パーセント、紛争収拾までに約 10パーセント」 と分析されている。 分析時の人口に照らし合わせると、紛争発生直後に北朝鮮では23万7000人、韓国では44万9000人が難民になることになる。

 北朝鮮の人口は当時からさほど増えてはいないので、この数字は現在でも大きくは変わらない。

 そして、このうち約20パーセントにあたる5万人の北朝鮮難民が日本に流入する、と文書では分析している( 韓国難民は50パーセントの22万人と想定 )。

 仮にこの通りに進めば、約27万人もの難民が一気に押し寄せることになり、混乱は確実である。 そのような難民を管理する体制は、当時も今も日本には存在していない。




 さらに恐ろしいのは、武装難民が紛れ込む可能性もあるという点である。
「最初から日本での不法行為、テロ行為が目的の武装難民の場合は、武器や爆発物の使用、人質の獲得などの犯罪行為に走る。 組織名は記載されていないが、 『わが国在住の自国民』 や 『わが国の国内勢力』 と呼応して暴動を起こすこともあるとしている」 ( 『自衛隊vs.北朝鮮』 より )
 仮に自衛隊がこうしたテロ対策に回れば、今度は一般難民に対処することは極めて困難になる。 その彼らが暴徒化した時に、警察だけで対処できるかどうかは不明である。