( 2013.12.27 )








 2013年10月31日に行われた天皇・皇后両陛下主催の秋の園遊会( 東京都港区・赤坂御苑 )の席で、山本太郎参院議員がこともあろうに直筆の手紙を天皇陛下に直接手渡しする、という前代未聞の挙に出た。 この暴挙は瞬く間に速報され、山本に全国から怒りの声が殺到し、懲罰問題にまで発展する大問題となった。
 なぜ、彼は陛下に 「直訴」 するという愚に及んだのか。 そして、今回の 「手紙事件」 の本質とは何か。
 山本の暴挙の分析に移る前に、この園遊会という両陛下主催の催しについて少し触れておこう。 園遊会は両陛下が内閣総理大臣、国務大臣、衆参議長・議員、最高裁長官や各界の功労者など公人・私人、約2千名をご招待され、毎年春と秋の2回、開催されるものである。 陛下が国民と直にご歓談になる、貴重な催しの一つなのだ。 そもそも今回、山本はなぜこの園遊会に参加できたのだろうか。
 「園遊会への招待は、まず宮内庁から参議院へ招待人数の枠が送られてきます。 1回の園遊会につき、参議院全体の招待枠は80人ほど。そのなかで約30名はすでに参院正副議長、常任委員などの役員を含め別枠として毎回決まっているので、残りの人数を各会派( 党派 )に議員の数に従って比例分配する、というのが園遊会招待の基本的な仕組みです」 ( 参議院広報課 )
 議長や役員ではない一般の参議員は毎回、定数242の4分の1にあたる52名が招待されるという。 宮内庁から提示されるのは人数だけで、具体的な人選は各派( 党 )の推薦に一任されているというのだ。




 しかし、山本は無所属議員だ。 会派に所属しない山本が園遊会に出席できたのはなぜか。
 「現在、参議院には無所属議員が4名います。 そのうち、正副議長は別枠で招待済みですから、無所属議員は実質的に2名。 そのうち招待枠は1名だったのです。
 実は今回、山本議員と同じく無所属の糸数慶子議員( 沖縄選挙区 )が出席を辞退されたので、手を挙げた山本議員がその枠を手にしたのです」 ( 同 )
 山本の園遊会出席は、このような理由で実現したのである。
 しかし、 「3・11」 以降、急進的な反原発を掲げ、東日本全体が放射能に汚染されている、甲状腺がんの子供が続出している、とデマを叫び、あるいは選挙戦において中核派との関連も噂された山本が園遊会に出席することに、何の審査もなかったのだろうか。
 「宮内庁としては、園遊会招待者の人定を審査するということは一切しておりません。 たとえば日本共産党の議員の方であっても、拒否するということはありません」 ( 宮内庁広報 )
 とのこと。 さすが 「君民一体」 のご皇室、懐が深い見解である。 しかし逆に言えば、山本はその陛下の深い温情に甘え切っていた、ということではないか。 「たとえ思想的におかしくても拒否することはない」 という開かれた園遊会の理念を逆手にとって、山本はその日、何食わぬ顔で陛下に近づいて行ったのである。




 今回の 「手紙問題」 に対する山本への批判は、まず第一に 「天皇陛下の政治利用であり許されない」 とする各会派や要人からのものである。
 事件を受けて、山本の処分を審議する参議院議院運営委員会も 「山本議員の行動は皇室の政治利用の可能性」 という見地から、山本に議長から厳重注意を行ったうえで、皇室関連行事への出席を自粛するよう求める異例の処分内容が確定した。
 巷間言われた 「皇室の政治利用」 とは言い換えれば、山本が周到な 「売名」 「パフォーマンス」 のために天皇陛下に手紙を渡したのだ、という疑いである。 山本は 「手紙事件」 の当日、すぐさま会見を開き、記者のインタビューに答えている。
 そこで、手紙の内容を 「子供たちの被曝、この先進んでいくと本当に健康被害がたくさん出てしまうということ。 それだけではなく、食品の安全基準の面でもすごく危険な部分があるという話だとか、原発の収束作業員の過酷な労働実態などの話」 と説明している。
 この手紙の内容は、ネットや一部週刊誌などで 「暴露」 されたが、山本自身がそれを捏造と主張し、応酬が続いている。 いずれにせよ手紙の内容は、このとき山本がインタビューに答えた内容から大きく外れるものではないだろう。
 結果、この手紙は宮内庁次長の発表によれば 「園遊会という場にふさわしくないのでお渡ししていない」 とのこと。 山本の当初の目的は叶わなかった。 とは言え、結局、大問題に発展したものの除名勧告されることもなく、世間の報道を 「山本太郎」 一色に染めた結末は、山本にとっては実質的勝利といえるのではないか。
 宮内庁によれば、園遊会の招待は開催日の2ヵ月前に参議院に示され、1ヵ月前には招待者の名簿が完成しているという。 「手紙は前日に書いた」 という山本の記者会見での抗弁も疑わしい。 招待が確定した1ヵ月前から、彼の心は決まっていたと見るのが正しい解釈ではないか。
 よしんば陛下が手紙をお読みにならなくてもマスコミは大注目し、大事になるだろう、山本太郎の名前がテレビを席巻するだろうという、言ってみれば 「未必の故意」 が、山本の言動の端々から感じられるのである。
 しかし、山本に対するこのような 「皇室の政治利用である」 という批判は、その疑いこそ濃厚ではあるが、問題の本質からは遠い批判であるように思う。




 ここでもう一度、山本が陛下に手紙を出すにいたった動機を少し掘り下げてみたい。
 同日行われた会見のなかから、重要部分を引用する。
── 手紙を渡すことで陛下にどうしていただきたかったのか?
山本  「どうしていただきたい」 というよりも、 「現状を知っていただきたい」 ということ。 ( 中略 ) とにかくいま、この国で起こっている 「( 放射能・原発が )安全だ」 と言われ続けることに対しての、憤りであったりとか不安であったりとかという思いが、自分のなかにものすごく大きい。 そういう部分に関して、こういうせっかくの機会( 園遊会 )というものをいただいたので。 ( 中略 ) 僕が感じる現状というものを陛下に知っていただきたくてお手紙をしたためた。
 この山本の受け答えのなかに、今回の 「手紙問題」 の本質が隠されている。 山本は福島や原発作業員の過酷な現状を天皇陛下に知って欲しい、という思いが動機であったと一貫して述べている。 これは裏返せば、陛下は福島や被災地のことを何も知らないのだ、といっているのと同義である。
 天皇・皇后両陛下は 「3・11」 以降、岩手、宮城、福島などの被災地とその関連個所へのお見舞いを、公式なものだけで14回も行われている。 福島に限っていえば過去3回、ご訪問され、特に福島県川内村、田村市、飯舘村などでは放射能の除染状況について熱心にご質問を行われ、過密スケジュールの視察日程をこなしている。
 天皇陛下の福島に対する思いは並々ならぬものがあるが、山本はこのような事実を黙殺するように、 「天皇無知論」 に基づいて手紙を渡した動機を語っているのである。
 当たり前のことだが、山本にとやかく言われなくても、天皇陛下はご自身の視察行動で、被災や除染の進捗状況を知っておられる。 「東日本から逃げたほうがよい」 と議員になる前に公言していた山本が、陛下に 「現状を教える」 という構図の、あまりの滑稽さがわかろうというものだ。
 このような山本の 「天皇無知論」 は一体、どこから来るのか。 単純に、陛下の被災地への想いを知らなかった、ということだけが原因ではない。
 山本の持つ天皇観とは、 「天皇は権力者であり、体制の側に居るのであり、したがって( 放射能や原発の )真実に対して無知である」 という世界観に従っている。 このような山本が持つ天皇観は、アンデルセン童話の 「裸の王様」 のストーリーを思い出させる。
 ある国の王様が、政商から言われるがままに 「賢者にしか見えない服」 を売りつけられる。 服が見えないことを悟られたくない王様は、裸のまま城下を行進する。 人民は王様に真実を告げることを恐れて作り笑いを繰り返す。 すると、沿道の子供が 「王様は裸だ!」 と指摘する ──。 誰もが知っているこの童話の示す故事とは、子供は純粋とか、正直とか、そういうことではない。
 権力者は時として無知で、愚昧で、その愚かさを周囲が指摘することもできないある種の空気が作られる、という孤独な権力者や独裁者が 「象牙の塔の住人」 に成り果てることへの痛烈な皮肉である。
 山本の天皇観もこれとまったく同じものだ。 多くの皇宮警察官や宮内庁職員に囲まれて暮らす天皇陛下は、山本にとって愚昧な権力者であり、無知な支配者と映ったのである。 山本にとって、天皇陛下とは 「裸の王様」 そのものなのだ。
 だから山本がとった行動は、 「裸の王様」 に真実を告げなければならない、という強烈に歪んだ正義感に基づいて行われている。
 彼は無自覚的にも、無知な権力者に真実を告げる、というアンデルセン童話の 「王が裸であることを指摘する子供」 と絶妙に自身をシンクロさせていたに違いない。




 しかし、天皇陛下は日本の支配者ではない。 君民一体、と先述したように、少なくとも神話の時代、あるいは近代以降の天皇や皇室は、国民と同じ目線を常に共有していた。
 だからこそ、のべ14回の被災地視察に及ばれたばかりか、 「3・11」 以前、中越地震や阪神大震災、台風被害など様々な天変地異に対するお見舞いをはじめ、天皇陛下は国民とのふれあいをことさら重要視されている。 いわずもがな、昭和天皇の終戦直後の 「全国巡幸」 はこの考え方を端的に表している。
 今回の 「手紙事件」 の本質は、天皇は支配者である、という山本の天皇観を背景にして行われたものであり、政治利用云々よりも、私はこちらのほうがよほど大問題ではないかと思う。
 というのも、この 「天皇は支配者である」 という異様な天皇観は山本だけが特異的に有する世界観では決してないからだ。
 私が小学生の頃、天皇は教科書どおり、 「日本国の象徴」 だと習った。 しかし一方で、当時、教師主導で 「さま付けは辞めましょう」 キャンペーンが大々的に行われていたのをいまも強烈に記憶している。
 つまり、皇族に 「○○さま」 という尊称をつけて呼ぶのは同じ人間なのにおかしいのではないか、という問題提起を学童に浸潤させていたのだ。 その結果、 「あきひとさん、みちこさん、なるひとさん、で良いですよね」 ということで満場一致になった。
 また、 「皇室予算で何が買えるのか?」 というけしかけも行われていた。 つまり、 「もし天皇がいなくなった場合、その余った税金で何が買えると思いますか?」 ということを学童に考えさせる問題が授業中に行われていたのだ。
 でも冗談でもない。 私が教室で実際に教員に刷り込まれたプロパガンダ教育である。 この考え方は完全に、天皇は支配者である、という階級闘争史観を土台としたものだ。 皇族を 「さま付けで呼ぶのはおかしい」 という発想は、 「支配者である皇族を日本国民と同じ立場に引き下げるべきだ」 という考え方を根底にしている。
 私のこの体験は北海道札幌市でのものである。 無論、地域性もあり、極端な例であろう。 しかし、天皇の目線は日本国民と全く同じフラットな場所にある、という 「君民一体」 を教える公教育機関が、現在どのくらいあるというのだろうか。
 「君民一体」 の概念を教えていれば、天皇は日本の支配者であり、象牙の塔の住人だ、という歪んだ天皇観は発生しないだろう。 山本が少年期にどの程度、歪んだ教育を受けたのかは知らない。 しかし、たとえ直接の教育がなかったにせよ、そういった空気感は着実に広がって、固着化した意識を形成する。




 今回、 「手紙事件」 で炙りだされたのは、山本による天皇の政治利用の是非という表層的な問題ではない。 山本太郎に代表される、天皇に対する知識と認識の欠如した、戦後の唯物史観教育の申し子のような考え方。 これが、いまだに一定程度、わが国に存在するという、その天皇と皇室に対する認識そのものの貧弱性と歪みにこそあったのではないか。
 だからこそ、山本を屈託なく支持するような山本の親衛隊とその周辺は、今回の山本の行動をもこぞって礼賛したのである。
 彼らの反応を追っていくと、
 「山本太郎さんはよくやってくれた」
 「天皇に真実を伝えようとしたのだから素晴らしいことだ」
 「騒ぎ立てるマスコミが悪い」
 というものから、
 「( 手紙を読まなかった )天皇のほうが福島県民に失礼なのではないか」
 という意見まで飛び出している。
 繰り返すが、これはこの国の公教育のなかで、天皇について 「日本国の象徴」 以上のことを教えてこなかったことのツケである。 皇室予算が何百億円である、とか、天皇の国事行為には○○がある、という表層的なことだけを機械的に教えてきた( あるいは教えられなかった )戦後教育の最大の歪みの体現者が山本太郎である。
 皇室の成り立ちや歴史、昭和天皇の国民への慰撫などということを一切黙殺し、象徴というシステム上の立ち位置と、皇室予算という無機的な金額のみが独り歩きしてしまった。 これだけを教わってしまえば、天皇は政府機関か何かの一種に思えてしまうことに違いないだろう。
 政府機関だと思うならばまだよい。 なまじ実体のある存在だからこそ、尊称をつけた 「特別扱い」 が癪に障る。 同じ人間なのに税金で楽な暮らしをしやがって、という怨嗟が広がっていく。
 こうして、 「天皇機関説」 よりもっと悪質な 「天皇支配者説」 「天皇税金泥棒説」 などが、無意識のまま学童の間で形成され、この考え方を持ったまま成人となった人間が社会に参画する ようになる。
 このような戦後教育の申し子たちが現在、社会の中核に登場しつつあるからこそ、山本太郎は66万人に及ぶ衆愚から支持を集めて議員になった のではないか。




 結果、山本は今回の 「手紙事件」 で参院議長から厳重注意、皇室関連行事への参加自粛という 「処分」 で一応の決着を見たのは先述のとおりだ。
 当初、 「参院は山本太郎に除名決議を!」 という意見が相次いだ。 山本の辞職を求める抗議活動が、参議院議員会館前で行われたりもした。 無論、山本が自発的に議員辞職することが最も望ましいが、私は結局、 「懲罰」 という意味合いでの除名決議が出なかったことを心底よかったと思っている。
 なぜなら、山本が除名されたとしたら、山本は殉職者になってしまうからである。 「この国の支配者である天皇に直談判し、その罰として体制から制裁を受けた正義の殉教者」 として山本の存在がますます神格化され、取り返しのつかないカルトと化す恐れがあるからである。
 1972年の連合赤軍あさま山荘事件で、警察は山荘に立て籠もった容疑者らに対し、危害射撃を厳禁した。 理由は、彼らを射殺すると彼らが殉教者となって、第二、第三のテロを生む恐れがあったからである。
 この時の警察の対応に様々な評価はあるものの、我々は山本とその信者に対して、彼をいたずらに神格化する手伝いをするべきではない。
 そして、 「山本さえ潰せばそれでよい」 という安直な考え方にも抗さなければならない。 我々が山本を生んだ背景にある、この国の戦後教育を含めた戦後体制の宿痾を根治しない限り、次の山本太郎は彼のすぐ後ろに、魑魅魍魎のように控えてその出番をうかがっているのだ。
  「手紙事件」 は山本だけの罪に非ず。 我々は本当にいま、わが国が自ら生み落とした恐ろしい怪物たちに出くわしている。